地蔵推し(序章) 空心齋閑話0816 | 宇則齋志林

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トリの優雅な日常

おはようございます。

地蔵菩薩信仰に着目している、仏教史学者のトリです(今現在、地蔵菩薩を信仰している人はどの位いるんでしょうか?)。

 

小泉八雲によれば、日本の道を歩いていて、石のお地蔵さんに出会わないことは稀であるという。

路傍の像は地蔵と決まったわけではなく、地域によって中には観音さまや庚申塚など、別の尊像であることもあるのだが、それらすべてひっくるめて「地蔵」と言われている(清水邦彦『お地蔵さんと日本人』法蔵館、2023年)。

とはいえ、一番多いのはやはり「地蔵菩薩」であり、これは皆さんおなじみの、お坊さんの姿に作られているのが一般的である。

 

というか、お地蔵さんを見たことがないという人の方が希だろう。

だから、石でできた、あの形の像を思い浮かべるのは容易だと思う。

 

ポピュラーな仏像といえば、その他に阿弥陀像や観音像が挙げられる。

これらも、大体どういう形のものであるか、想像できるはずである。

阿弥陀様は、立っていても座っていても、ほぼ必ず指で「金」のマークを作っている。

 

観音さまは、蓮華を持ったり水瓶を持ったりしてはいるが、それらはあまり決め手ではなく、どこか女性的な容姿端麗な像を思い浮かべる人が多いことだろう。

仏像はユニセックスが基本であるが、中には魚籃観音や聖観音の一部など、女性としか思えない像様を示すものもある。

実際には、薄っすらと髭が描かれていたり、インドなどの作例ではあからさまに髭ぼうぼうであるなど、観音菩薩は男である。

 

その逆なのが、お地蔵さんである。

どの作例を見ても、雲水や比丘の姿に作られ、絶対に男としか思われない。

しかし、お地蔵さんは本当は女性である。

 

インドでは地蔵信仰は一般化しなかったらしいが、名前はあって、「クシティ・ガルバ」(大地を包む者)という(「クシティ」が大地を、「ガルバ」が子宮を意味する)。

『リグ・ヴェーダ』に登場する、大地の女神「プリティヴィー」が、仏教に取り込まれて菩薩化されたのである。

 

それにまた、中国での地蔵信仰を裏付ける『地蔵菩薩本願経』(宋代までに成立。サンスクリット原典はなく、中国撰述である)には、地蔵の前世の姿が描かれている。

「忉利天宮神通品」では篤信のバラモンの女性、「閻浮衆生業感品」では光目という名の女性、ということになっている(速水侑『地蔵信仰』はなわ新書、1975年、真鍋広済『地蔵菩薩の研究』三密堂書店、1960年などを参照)。

 

フェミニンな印象の観音様が実は男で、「笠地蔵」などで男くさい印象の地蔵菩薩は、実は女性だったということになる。

仏教では、「変成男子」といい、浄土に行くとみんな男に生まれ変わるなどといわれているし、お釈迦さまをはじめ、阿弥陀様もお薬師さまも、みんな前世は男であったとされているから、女性の地蔵菩薩は、実に稀有な存在である(仏教におけるジェンダーギャップを埋める、貴重な存在である)。

こんなにポピュラーなのに、実は非常にイレギュラーな仏さまである。

 

そして、お地蔵さんは、「悪趣に住す」といわれ、地獄の衆生を救うために閻魔大王になったりもして(『十輪経』及び、鎌倉時代撰述の『地蔵十王経』)、積極的に地獄へ出かけ、その救済方法は独特だ。

また、一見恣意的かつ不公平と思われるような行動をとった、などという説話が残されていたりもする(速水前掲書など)。

分かり切っているようでいて、一筋縄ではいかないのが、お地蔵さんの本当の姿なのである。

 

お地蔵さんといえば、賽の河原を思い出す方も多いだろう。

「賽の河原の地蔵和讃」はたくさんあり、とても全て書き出すわけにはいかないが、空也上人作と擬せられる「賽の河原和讃」には、こうある。


帰命頂礼地蔵尊

物の哀れのその中に

西の河原の物がたり

身に心の堪えがたき

十より内の幼な子が

広き河原に集まりて

父を尋ねて立てまわり

母をこがれてなげきぬる

あまり心の悲しさに

石を集めて塔を組む

一重積んでは父をよび

二重積んでは母恋し

なにとてわれらが父母は

かかる河原に捨ておくぞ

・・・(中略)・・・

しばし泣きおるありさまを

地蔵菩薩のご覧じて

汝が親は娑婆にあり

今よりのちは我をみな

父とも母とも思うべし

ふかくあわれみ給うゆえ

大悲の地蔵にすがりつつ

われもわれもと集まりて

なくなく眠るばかりなり

 

※トリの念持仏。