覚書 トリの手術 | 宇則齋志林

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トリの優雅な日常

腫瘍摘出手術を受けたトリ。
ここでは、その手術について記しておく。(閲覧注意?)
腫瘍は、神経鞘腫といって、神経を包む膜に水がたまったものらしい。それが、脊髄4番から6番の内部に出来て、中の神経繊維を圧迫していた。そのため、肋間神経痛のような激痛と、歩行、感覚障害が起こっていたのである。
薄らぼんやりと聞いたインフォームド・コンセントによると、背中を患部より少し大きめに切り、骨を削って穴を開け(塞ぐ手立てなく術後穴は放置)そこから腫瘍を切り取るとのこと。癒着した部分を取り切れなかったり、障害が残る可能性もあるらしい。
執刀は二人で、はじめの作業をガンプラが趣味という主治医の先生が、残る摘出手術をその師匠にあたる南大阪の巨匠が受け持ってくれた。

さてその当日。若い美人看護師が術衣を持って現れた。その目の前ですっぽんぽんになって着替えるのは情けなかった。あまつさえ身体が動かないので時間もかかる。
部屋のベッドに横たわり、そのまま手術室へ連行。扉のところで名前と手首のバーコード確認があり、中へ入ると、さらに数人の医師看護師に取り囲まれた。全員女性だった。
酸素マスクがつけられ、しばらくすると麻酔が入ってきた。この後、意識不明のうちに尿道カテーテルと気管チューブを装着され、うつ伏せにして頭をボルトで固定する手はずになっていた。
ところが、意識が薄らぼんやりとあったのである。頭に硬いものが食い込む感覚と、喉の奥に何かを突っ込まれる確かな衝撃を感じた。何とか、まだ意識があることを知らせようとするが、麻酔は効いていて身体は動かない。どうにか手の指を動かしてみたら、主治医の声で、指が動いてる、という指摘があったが、作業の流れは止めてもらえなかった。
どうなっているんだ、このまま中途半端に意識があったらとても困ると、内心焦りまくっていたが、その後完全に寝てしまったようだった。

南大阪の巨匠による手術は、まさに神業であったという。場合によっては24時間かかるという手術を5時間半で終えてくれ、しかも癒着した神経繊維の全てをきれいに剥がしてくれたらしい。少し古いが、星三つです!☆☆☆と叫びたいくらいだ。
懸案の傷跡も、殆ど痛まなかった。初日だけ鎮痛剤の点滴があり、その後なくしたが、全く問題なく過せている。もとあった背中の痛みは、刀で切られるような激痛だったが、実際切られた方がましだったのは皮肉だ。先生方の腕が冴え渡っていたのだろう。さすがガンプラで鍛えただけのことはある。

そんな具合で、手術は無事成功した。その後しばらく気分不良などで苦しんだが、おかげで借金を完済したような気分である。硬膜下出血で手術し、隣のベッドにいた兄ちゃんが、厄年が一気に来た、とぼやいていた。厄年か。
そう言えば、みんなに心配してもらえるのはありがたいことだが、トリも厄年とか男の更年期とか、霊障ではないかとか、前世の因縁とか、好き勝手なことを言われてげんなりしていた。
中医学もお勉強されている、天明病院(仮名)の研修医によると、肝陽上亢で、肝臓の陽気が激しく上に上がり、熱を持って水がたまったとのことだった。これが一番しっくり来る説明だった。
しばらく前から下腹が膨らんでズボンが入らなくなっていたが、誰に言っても中年太りだと言われ怪訝だったが、これもその状態からくる腹水が原因だった。
今は水分を減らして、ぼちぼち水を抜きにかかっているところである。早くコーヒーが飲みたい。
※無傷なころのトリ。