心法書道の慧竹です。

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心法書道では、書を学ぶことでその人間性を学ぶと言っていますが、その精神論を可能にするのにどうしても必要なのが書の基本技術です。

 

この技術は「用筆」と「結体」の二本柱で、そのうちの用筆において「筆の弾力」をどうやって生み出し、それをどう維持しつつ躍動させて一本の線にしていくのか、これが一番の肝だと思っています。

 

私のお稽古では、この部分をとことんレクチャーしているのですが、なんとこの本にずばり書かれていました。

元は「精萃図説書法論」からで、メインは筆の弾力に特化していますが、歴代書家の書の精神論までも網羅されており、何度も頷きながら一気に読破しました。

 

図説 用筆の基本技法 ー筆の弾力をどう覚えるか  森高雲著

 

 

筆の弾力を扱えなければ、筆脈はとぎれとぎれになってしまいます。

それでは文字を完成させるというわずかな時間の流れの中で、瞬間瞬間次々に繰り広げられる書き手の心の機微を、全く同じように自分の感覚として体験することができません。

 

心法書道が目指すところは、臨書によって深層心理を自分に落とし込み、手本の書き手のようなすごい人に自分を引き上げる、それが目標ですから臨書のやり方とそのための基本技術をできるだけ早く獲得してほしい。

 

そこから先の落とし込みは本人の情熱次第ですが、そこまでの段階に持っていくためのナビゲートが私の役目だと思っています。

 

精神面、技術面どちらにおいても、うまく言葉にできないところをよくぞここまで言語化と図式化してくれたと驚嘆の一冊、おすすめです。

 

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突然ですが、我が家は毎朝大量の千切りキャベツを食べます。起きたらまず千切りするのが日課なのですが、うまくいく時と、なんかしっくりこない時があるんですよね。

 

今朝はなんかしっくりこず、もやもやしていたところ、ふと先日の生徒さんの言葉を思い出しました。

「先生に筆を持ってもらって書くと、すごく軽いですね。私、力を入りすぎなんでしょうか?」

そういえばちょっと力んでいたのかも・・・と包丁を持つ手に気づいたのです。

 

千切りが気持ちよくできているときは、どういう時だろうか。

シャキシャキ切る感覚がすーっと手に伝わってきて、切れる感覚を楽しんでいるくらい気持ちがいい時、やはり肩に力は入っていないなと思ったわけです。

 

例えば陶芸なんてダイレクトに素材の土を触るわけですが、ものづくりは素材に触れる指先の感覚が命だと思うんですよね。

書も筆を介してはいますが、筆先が紙を触っていく感覚、筆の毛が紙の上を滑りすぎず、程よく繊維を捉えながらもなめらかで指先に伝わる感覚、それが心地よいものであれば、書いていてとても気持ちがいい。その感覚に集中しているときは、没頭してしまいます。でもなかなかいつもそうはいかないですけどね。

 

何より道具は大事で、包丁がよく切れるから、まな板がどっしりと安定しているから、素材が新鮮だから、そして肩の力も抜けているから、あの軽快なシャキシャキが実現でき、千切りキャベツは時として楽しい。

 

お稽古も千切りキャベツも苦行ではありません(笑)

千切りキャベツ、楽しく続けていこう。

 

たまに一人で登るさぬきのゆる山道

 

 

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書の美しさは、なんといっても筆だからこそ生まれる線質です。

さまざまな線質を表現するためには、筆法において「蔵筆」と「中鋒」が大切ですが、それを学ぶのにとても便利なのが隷書だと思っています。

 

当然、楷書や行書や草書でも学べるのですが、一般的に隷書は字の表現に一定の規制(字の大きさ、水平度、字と字の配置など)があるため、あまり一字一字の造形に気を囚われず、連綿もなく、起筆・送筆・収筆と各部位の筆法に集中できます。

 

もちろん隷書と一言で言っても、発展段階、時代や地域において様々で、その造形において自由度の高い表現のものもあり、なかなか楽しいものがたくさん残っています。

 

今回は、秦の始皇帝の文字統一前から、文字の変遷をいうテーマを軸に、時代順にさまざまな隷書を鑑賞しながら、隷書がどのように生まれ、それがどのように円熟していき、後世の楷書、行書、草書へと発展していったのかをまとめ解説しました。

 

 

ひとつだけご紹介。

こちらは漢隷の一例、紀元前2世紀ころのもので、馬王堆帛書といいます。

元旦の「謹賀新年」はこの帛書の字体で書いてみたものです。その内容は大量で、当時のあらゆる分野の知識を知ることが出来る大変貴重なものです。

 

 

生徒さんには、隷書も好きなものを選んでいただきました。

やはり心惹かれるものがテンション上がりますからね。

 

 

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昨年秋から始められたOさん、彼女が選んだのは太宗の「晋祠銘」。

その中から「神」の一字を選ばれ、書き込んでいます。

 

私の太宗の印象は、何といってもその堂々たるスケールの大きさにあります。

とにかく視野が広いんですよね。

とても高いところから自分と周りを一体にとらえ、周りを活かしながら取り込みつつ、薄っぺらさや見せかけがなく、内に秘めた深い温かみで魅了する。

重厚で含蓄のあるその佇まいとはうらはらに、こうと思ったことにはすごい推進力を発揮しそのカリスマ性で人々はついていきたくなる、そんな感じです。

 

心法書道では、たくさんの書から好きな書をひとつだけ選びそれを書き込んでいきますが、書く前にその書をじっくり時間をかけて観賞し、書き手のイメージをとらえる感性ワークを行います。

 

Oさんは全くの初心者ですが、この最初のワークでこんなイメージを記していました。

この書は神々しく、書き手は広い視野の持ち主なのではないか?

穏やかな中にも、しっかりとした自分の軸をもっているように感じる。

 

素晴らしいですよね、この感性。

ほんとに不思議ですが、毎回驚かされます。

自分がひかれる書であれば、皆さん必ずその人となりを感じ取ることができます。

 

 

そして見ただけではわからないことが、書き込んでいくことでわかってきます。

 

Oさん曰く

穏やかさだけだとこの雰囲気が出ないですね。

ものすごいエネルギーが必要だとわかりました。

特に強い右上がりがなかなか書けない。

書いているつもりだけど足りないですよね。

 

強い右上がり、それは方向を決めたら積極的に進めていく実践力、皆を引っ張っていく牽引力、みなを先導する推進力の表れです。

 

見て感じ、書いて比べる、その繰り返し。

どうしても書けない部分、それが書き手の深層心理との隔たりです。

そこに自分で気づける、それは真摯に向き合っている証拠です。

すごいですね、確実に近づいていますよ!

 

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ご存知ですか?

さぬきのお雑煮は、あん餅なんですよ~

お雑煮は地域性があって面白いですよね。

東京の友人に、えーーー!っとびっくりされたものです(笑)

 

 

お雑煮もさることながら、日本て地域ごとに様々に豊かな文化がありますよね。

その最たるものの中にきものがあると思っています。

 

毎年初詣はきものと決めていたのですが、今年は正月三が日ずっときもので過ごしてみようう!ということでやってみました。

自分で納得のいく着付けができることは稀で、いつもどこか気になりつつも、ま、いっかと見切り発車で出かけます(笑)

ですが、とにかくきものを着ると気分が上がるんです。なんでだろう。。。

 

日本は地域ごとに独特の染めや織りが生まれ、職人さんたちが切磋琢磨していろんな技術を習得しては継承されてきました。

衣食住といいますが、衣が一番なんですよね。

 

この他に類を見ない衣文化は、その匠の技術や美意識において世界一だと思っています。

今年もいっぱい着るぞ~!

 

 

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