来たるべきシノノワールのために -9ページ目

来たるべきシノノワールのために

己の言葉を研ぎ澄ますことを目指して

あんな処にあった曖昧
そんな処にあった曖昧
こんな処にあった曖昧
曖昧の種を握りしめて、畑に蒔きましょう。
共に曖昧の花を見ようじゃないか。
曖昧の花の甘い香り。
う~ん、たまらないね。
渾沌が好きでたまらないということ。
畏れ、不安、焦り、妬み。
そんな匂いに似ている渾沌が好きだということ。
気付けば、そんな渾沌の肌に触れた。
そう、この手で触れてしまったあの時。
逃げ出したいと思ったんだね。
足は走り出した。
自分の何を認めたらいいのか、分からない自分が居ても誰も気がつかない場所へ。
もうそろそろ逃げるのをやめてもいい距離だろうか。
否。
渾沌を抱えてここまで走ってきていた。
多分大事に抱えてね。
渾沌がニヤリと微笑めば否応なく、走り出す。
否。
否応ではなく、好んで走っているんだろうね。
渾沌が好きでたまらないということ。
表向きは逃げているんだよ。
もしかしたら、渾沌の中心へ。渾沌の核心へ走っているんじゃないのか。
だとしたら、この手に抱えている渾沌は水先案内人なのか。
どうあっても、走り続けねばなるまいか。
畏れ、不安、焦り、妬み。それらも共にある。
せめて、どこにあっても風を感じながら走る事は忘れずありたい。
どれほど大きな渾沌が小さな自分を揺さぶったとしても。



今、直感で解ったこと。
僕は空に戻りたい。空が恋しいということが。

そうであるからこそ、世界は刺激的であります。
あなたと繋っていると感じる時が繋がるということの真実
時計のカチカチと言い放つ音が時ではなくて、その音を時という形に置き換える行為が時なんだぜ。ベイベー!
新たに問う。
自由とは何か。
僕は自由のになりたいのか。



自由にはなりたくないのだ。
まだ、この時は。
だからこそ僕でありうるのだ。
それが全ての時の偽れぬ答えであり続ける。
バルセロナ駅で抱える切なさと
身延駅で抱える切なさと
何も違いはないのだよ。私の切なさのしょっぱい味は。

そこから導き出される答えは
世界はここにしかない、この場所にしか。
切なさを味わう場所は。
切なさと淋しさを含んだ質感が得たいが為に出掛けてゆくのだった。

そこに帰る場所はない。戻る処はどこにもない。

居る場所があるだけ。
身延駅ホームはその居る場所だったのだ。

足が在ると信じる信じる限りにおいて

歩き続けねばならない、踊り続けねばならない。

何に縛られる訳ではなく。

そこに線路があるから。

それ以上、それ以下の理由はないだろう。

あとは全て違う言葉だったのであった。

闇を凝視しているのか、闇に凝視されているのか。
目の前の闇が圧倒的に広がり全てを闇とする。
私の闇は底がなく深く深く、闇。
二つの闇はいつか交わり、一つの完全な闇となるのだろうか。
それとも、二つは永劫、それぞれの闇として在り続けてゆくものなのか。
自分の上っ面を被った他人
他人の上っ面を被った自分

そんなものたちが

この街をうろつく、うろつく、うろつく