来たるべきシノノワールのために -4ページ目

来たるべきシノノワールのために

己の言葉を研ぎ澄ますことを目指して


男ならば

独りになることだ。

孤独になることだ。

孤独をその内に秘めて、愛する事ができるのが男なのだ。

孤独への憧れ。
唯一、それが男にだけ与えられたものであり、男の全てを語る。

目の前に燃える蝋燭の灯をその溜息で消し去り、訪れる闇に心を奪われる。

その一瞬が男の全てである。


ゲルゲ

僕を助けてくれないか。

ゲルゲ、ゲルゲよ。

君の名を口にするのは、久しくなかった気がする。

今は厭世気分なのさ。許してくれよ。

世の中はどうだろうか。どうなんだい。

君は常にその薄笑いの表情。

心中は察しかねますよ。

いったい何を噛み砕いているんだい。

君は常にその薄笑いの表情。



月夜と縁側

それにカラカラと音を立てる冷やし珈琲

あとは、気の利いた音楽と静けさかな。

それだけあればこの夏の贅沢の極みだすね。

あとは少々の色気でもあれば。。
一つの事象が拡がってゆき世界となっている。
世界が一点に凝縮されてゆき一つの事象となっている。
一つの事象とは消えてしまうのではなく
一つの形として残ってゆくのだ。
世界に過去があるということはそれを示している。

一つの事象を知ることで、世界の全てを知ることが可能なのだ。
世界を知ることは、たった一つの事象を知ることと等価だ。
それはまったく何も変わらぬこと。

しかし、人は立ち止まる。
知るという、その一つの事象はいったいどういうことなのだ。
何を意味しているのだ。

知るという事象を越えなければ、世界の枠を超えることはできないのか。
そこで人は立ち止まる。
さて、さて
今宵は何を語りましょうか。
この火を囲みましてね。

例えばこんなのはどうだろうか。

私が大人に成れないことの不甲斐なさを。

又は
私が大人に成らないことの明確な理由を。

又は
私が大人に成ることの効用を。

又は
私が大人に成ることの弊害を。

そういえば、
大人という字は、大きな人と書くんだなぁ。

なかなか面白そうな夜になりそうじゃないか。
この火を囲みましてね。
権利!権利!と喧しい世の中であります。なんだか権利ってやつは野暮だと感じてしまいます。なんだか慎ましくない気がしてしまいます。確かに自分の権利を主張しなければ、その権利は他人の権利に取って変わられてしまう、そんな世の中ではあります。それが野暮ったいと言いたいのですが。その野暮だと感じる感覚、それが日本らしさ、曖昧という奴一側面になるのでしょうか、そんな気がします。その曖昧の一面を肯うということは、私が根っからの日本人だという隠しがたい事実なのでしょうか。それとも個性という奴でしょうか。野暮ったい人の方が声がでかいと思います。それは元気があるということ。最近は日本の元気が無いと言われますので、他の国々に対して権利権利と主張してみてもいいのでしょう。最近あいつは元気があるじゃないのと見られるでしょう。それってUncle Samみたいだね。
野暮だ野暮。世の中野暮で満ちております。何をしても野暮。恥ずかしくて、恥ずかしくてまったく何もできないです。本当に引き蘢りたくなりますね。野暮という事実をあえて知らないふりをして過ごすのか、開き直って野暮を突き通すのか。しかし野暮をじゃなければ敢えて他人に干渉ができなくなってしまう。野暮こそが人間の原動力であるのでしょうね。そうなると、人間をやってゆく上では野暮でないとあかんわけです。(嫌な意味で強くなる)それを汚れるというのか、逞しいと表現するのか、自己都合ですね。大人に成るってそういうこと?
日曜の午後、ただただ音楽に身を委ねる。
待っていた雨が降り始める
パラパラ。
本当はもっと強く降って欲しい。
ザアザア。

求めていたのは、湿った音楽だったからね。
曇り空からの光しかない、薄暗い部屋を通り抜けたいという。
どうぞ、どうぞと窓を開ける。

湿った空気がこの部屋を満たし、そこに音。
そんな中をゴロゴロと。
天井やら窓の外に視線を移しながら。
ゴロゴロ。

ただ、ただそれだけで。
なんも要らん。

なんも要らん。なんも要らん。

然し
張り巡らされた糸(明日といわれるもの)
にはなにも影響力をもたぬもの。

悲しいかな。悲しいかな。

仕方ないさ
張り巡らされた糸を切る気概もないもんね。
糸を切るためには、筋骨隆々にならなければばいけません。

いいのだろ
明日は明日でまた音が待っているから、それに彼に身を委ねるだけさ。






言葉は食物と同じである。
己が本当に欲する言葉と出逢い、
己に偽りなく、得る事ができたのならば。
血肉となる、人としての身体の。

もしや?
心とは言葉の味覚を感じる器官なのかもしれないね。