アンドロイド0指令 | 来たるべきシノノワールのために

来たるべきシノノワールのために

己の言葉を研ぎ澄ますことを目指して

久しぶりにウルトラセブンを見た。やはり一味演出が違うなと感じる。9話の”アンドロイド0指令”という回を見て思ったことがある。大まかに話せば、宇宙人が子供たちを洗脳して、地球を侵略しようと企てるが、ウルトラセブンの活躍でそれを未然に防ぐというもの。特撮ものにはありがちな話だが、形としては子供という無知を一つの思想に統一し、それ以外は暴力をもって排除する。いわゆる全体主義、ナチズムのようなものに見えた(演出もそんな感じ)。無知とは身体的に幼い子供だけがある状態ではない。誰しも完璧に森羅万象を知ることは不可能だから、誰しもが無知とは言えるが、他人と自分とを推し量れる物差しをある程度持っていれば、それは最低限無知ではないと私は考える。 自分よりも大きく見えるモノに、度を越して頼らなければ自己を形成できないことが、無知というのではないか。例えば民族、国家というものに頼ってしまうこと。ウルトラセブンでは宇宙人を倒せば問題は解決できるが、国家、民族という怪物を誰が倒してくれるのだろうか。