本ブログでは科学とは何であるかを真剣に考えることを主題としている.真の科学とは「サイ科学」である.そのことはこれまで多く述べて来た.
特に,従来の科学をサイ科学へ昇華させる為のきっかけとなった幾つかの重要な論文は世界中の科学者が是非とも注目しなければならない.
関英男先生は従来の科学とサイ科学あるいは高次元科学を統合することの重要性を訴えていらっしゃった.それについて以前論文を紹介しつつ話題にした.
今回はその続きである.抑々,「電子」とは何であるかについて論じられている.
統 合 科 学 へ の 道 (続き)
関 英男
2. アンペアの法則
電気・電子の専門家にとっては用のないことであるが,順序としてアンペアの法則を一通り述べておくことにしよう.
ビオ・サバールの法則は1820年にフランス大学の教授J. B. BiotとF. Savartとが協力して研究した結果得られた.Fig.1において,電流 I [A]が直線導体に流れている時,空調(空間?)の一点Pに発生する磁界の強さH[A/m]は
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で与えられることが法則であり,実験的に立証された.ここにdlは導線の微小部分の長さ,qは図に示すような角度,r[m]はdlとPとの間の距離である.従って,これを導線の長さ全体に亘って積分すれば,P点の磁界の強さを知ることができる.
他方,パリ大学教授A. M. Ampereは2組の電流と電流の相互作用を研究した1920年の論文の中で,電流の方向と磁界の方向の関係を示す「右ねじの法則」を発表した.

3. 電子の正体
電子の存在に気付き始めたのは英国のキャベンディッシュ研究所でJ. J. Thomsonが1884~1918年の間に在職した頃であった.トムソンが水素原子の質量の10^-3倍も小さい電子があると証言した時は,英国の学会で誰も信用しなかったが,1906年に一連の研究でノーベル物理学賞(7人目)を受けた時は,もう電子の存在を疑うものはなくなった.しかし,どうやら帯電した粒子があるらしいと,電子発見の動機を与えたのはW. Crookesであった.つまり,彼の発明したクルックス管という真空放電管の中で陰極線が電界や磁界で曲げられることから,1897年,e[C]に帯電した粒子が質量m[kg]を持っていることが分かり,曲がり方からe/mを測定することができた.また,トムソンはこの実験を見ていて電子の速度が高くなると,理論と合わなくなるのは,高速度で電子の質量が重くなるためと推論した.因みにクルックスは1896~1899年に第6代目の英国心霊科学協会長であった.
電子の電気素量(電荷)を独立に測定したのは1913年,R. A. Millikanが油滴法によってであった.
このようにして,近代電子科学の夜明けが始まり,電子こそすべての物理現象の演出者であり,それが最小の電荷をもつ素粒子と考えられるようになった.(続く)
この論文にあるように従来科学でありながら,サイ科学に物凄く貢献したクルックス博士のような方も少なからず存在していた.現代のような堕落した唯物科学を築いている科学研究者は,100~200年前の真面な科学者の言説に頻繁に触れてみなければならない.
文献
(1) 関 英男: 統合科学への道,「サイ科学」,日本サイ科学会,第9巻,第1号,pp.18-24,(1986-3).


