遙か昔の中国に
夏(か)という国があったといわれています。
(紀元前1900年頃 - 紀元前1600年頃。
中国最古の王朝として
夏・殷・周を三代と呼ぶそうです)
この国の皇帝・禹が
紀元前1900年頃に行った
治水事業によって
山西省の黄河上流にある龍門山が
切り開かれて、
どんな魚も登り切ることはできないだろう
と思わせる急流ができたそうです。
轟音と共に押し流れていく
その激流を舞台に、
「この河を登りきった鯉は龍になる」
という伝説が生まれ、
これが現在に伝わる故事
「鯉の滝登り」
(立身出世のたとえ)
の語源となったそうです。
【現在の黄河の急流】
伝説とはいえ、
この急流に挑み、
龍になった鯉は、
一体どんな思いでこの急流に
挑んだのでしょう?
「全力で『龍になる』という夢に挑戦する!!」
・・・そんな感じだったのかもしれませんね。
ちなみにこの故事、もう一つ
現在でもよく使われる言葉の語源として
使われています。
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「チャレンジしての
失敗を恐れるな。
何もしないことを恐れろ」
(本田宗一郎)
本田技研工業(通称:ホンダ)の創業者
本田宗一郎。
彼は1906年鍛冶屋をしていた
父親の家庭の長男として生まれ、
高等小学校卒業後、
16歳で当時の言葉で言う
「丁稚奉公」
として裸一貫で社会に出ました。
「自分の喜びを追及する行為が、
他人の幸福への奉仕に
つながるものでありたい」
と語った宗一郎の技術屋として、
そして経営者としての人生。
「身のまわりに
いくらでも転がっている幸福から
自分のものを選び出し、
それを最高のものに高めることだね。
時間だけは神様が平等に与えて下さった。
これをいかに有効に使うかは
その人の才覚であって、
うまく利用した人が
この世の中の成功者なんだ」
そう語った彼の、
人生の激流に逆らい
登り切った人生。
それもまた
夢を見て、
夢に挑戦し続けたもの
だったのかもしれません。
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本田宗一郎の人生もまた、
順風満帆であり続けたわけでは
なかったようです。
1936年
多摩川スピードウェイで開催された
第1回全国自動車競走大会に、
フォード社製の車に自作の
ターボチャージャーをつけたマシンで
弟の弁二郎とともに
出場したものの事故により負傷、
リタイア。
1945年
経営していた自動車修理工場が
三河地震により倒壊。
等の「逆境」という
人生の激流に立ち向かいながら
「勇気というのは
強いからとか勇ましいから
勇気があるというのではない。
例え自分にとってどんなに
不利な結果になろうとも、
自分が真実であり妥当であると
考えたことを認め、
それに賛成することこそが
勇気である」
と語った宗一郎。
それは、
事実を事実として客観的に認め
人生の逆境という
試練に立ち向かっていく。
激流に流されずに登り続ける。
そんな「勇気」の大切さを
私たちに教えてくれていますね。
後に
ホンダ社内で新規開発のエンジンを巡る
水冷 vs 空冷論争が起きた時、
若い技術者たちは、
公害規制をクリアする意味で
水冷エンジンの採用を
主張したのに対し、
宗一郎は
「砂漠の真ん中でエンストした時に
水なんかあるか! 空冷だ」
と主張し、
実際に空冷エンジンの自動車が
発売に至りました。
しかしその後も社内で
様々なテストが行われて、
最終的に水冷の方が
優れている事が実証され
ホンダは水冷エンジン路線に転換。
この事実を受け入れた宗一郎は
「自分には技術が
分からなくなったのかもしれない」
と認めホンダの社長を退きました。
それは、
技術者として
一代にして身を起こし
登り詰めた彼にとっては
何よりも勇気の必要だった
決断だったはずですし、
ここでも
自らの信条通り、
目の前の事実を事実と客観的に認め
自分自身の行く道を決めた
そういうことなのでしょう。
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「開拓精神によって
自ら新しい世界に挑み
失敗・反省・勇気
という三つの道具を繰り返して
使うことによってのみ、
最後の成功という結果に
達することができると
私は信じています」
と語り、
技術者として、
経営者として、
人生を歩み続けた彼は、
1981年
勲一等瑞宝章を受章
(現在の瑞宝大綬章。
日本の勲章「瑞宝章」の最高位)
1989年
アジア人として初の
アメリカ合衆国の自動車殿堂入り
という国内外の最高栄誉を受賞しました。
「少しでも興味を持った事
やってみたいと思った事は
結果はともあれ手をつけてみよう。
幸福の芽は、
そこから芽生え始める」
自らの言葉通り、
人生の成功者となった本田宗一郎。
人生の激流を登り切った
彼の勇気と情熱の原動力、
それは、
幸福の芽を見つめながら、
自分が興味を持ったことに
挑戦し続ける心。
夢を見続ける心。
だったのかもしれませんね。
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彼が創業し率いた
本田技研工業の
グルーバルスローガンは
まさに本田宗一郎、
その人の人生を表しているものと
いえるのかもしれませんし、
私たちにとっても
幸福と成功を手にするための
勇気をもつために必須の力
といえるのかもしれません。
"The Power of Dreams"
夢の力。
私たちも大切にしていきたいですね。
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黄河の遙か上流、流れの急な
「龍門」
という河を
「登りきった」
鯉は龍になるという伝説になぞらえて、
成功へといたる難しい関門を
突破したことをいうことわざが
「登龍門」(とうりゅうもん)
だそうです。
成功しようと志した者が
そのために乗り越えなければならない難関、
立身出世のための関門も
「登龍門」
と呼ばれていますね。