「キャンプ」
山際から覗く夕陽が稜線を赤く染め、わずかに今日の名残を留めていた。またそれは、長旅の労を労っているかのようでもあった。僕たちはこの湖畔にキャンプを張るために遥々車で半日もかけてやって来たのだった。キャンピングチェアに座り、アルコールランプの火で作った淹れたばかりのコーヒーを飲む頃には完全に日が暮れていた。辺りでは初秋の虫たちがまるで夜は自分たちの世界だと言わんばかりに合唱を始めていた。僕たちは山梨に来ていた。
「ねぇ、今あそこで魚が跳ねた」
彼女が湖の遠くを指差して言った。
「釣りも出来そうね、この湖は」
「うん」
僕は答えて彼女の横顔を眺めた。赤い火の光に照らされた彼女の頬は紅潮し都会で見せる顔とは別人のようだった。日々の喧騒と緊張から解き放たれたその様子を見て、半日間ほとんど休憩も取らずに遥々やって来て良かったと思った。心地良い夜風に吹かれながらただじっと焚き火を見つめ、虫の声を聞くのって悪くないなと思った。