「その音」
その音はどこか別の部屋から響いて来ているようだった。カタカタカタ…。その音は静かに、しかし確実に僕の意識に引っ掛かっていた。
「ねぇ、これ何の音だろうね?」
僕は隣で寝ている妻に声を掛けてみた。
「音?」
彼女は眠そうに目を擦りながら怪訝そうに尋ねた。
「音って何の音?」
「ほら、さっきから聞こえて来てるじゃないか、カタカタカタってさ」
「気のせいじゃない?」
妻はそう言うとゴロリとこちらに背を向けるように寝返りを打って再び深い睡眠へと落ちていった。
僕は仕方なく一人でベッドを出るとおそるおそる寝室以外の部屋を確かめに行った。隣の居間通ってキッチンへ抜け、玄関まで確かめてみたが、その音がどこから聞こえているのかさっぱり検討がつかなかった。
僕は諦めてキッチンに戻り、ウイスキーをグラスに1センチ半ほど注いで静かにそれをすすった。
「カタカタカタ…」
そのとき僕ははっきりと、その音が自分の頭の中から響いて来ていることに気がついた。その音は僕の頭の奥から発せられ、身体の中で反響し、全身に響いて来ていた。その事に気がついた瞬間僕は芯から身体が冷たくなるのを感じた。僕の身体に一体何が起こっているのだろう?すぐに病院に行くべきなのかも知れない。しかし身体の中からカタカタと音がするなんて病気は聞いたことがない。僕はグラスの底に僅かに残ったウイスキーを舐めるように飲み、ボトルからまた1センチ半ほど注いでゆっくりと飲んだ。生温かい液体が喉の奥を通り胃袋に落ちて行った。しかし、強いアルコールも僕の身体の奥底の冷えを取り去ってはくれなかった。
妻も寝静まった夜中の2時のキッチンの椅子に座り、僕は誰よりも孤独だった。カタカタカタ…、そんな音だけが静まり返った夜更けに、僕の身体の中で響き続けていた。