魅力について | shingo722のブログ

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 「魅力について」
 
 賑やかな喫茶店の少し奥まった席で女性が一人、本を読んでいる。さほど集中してその本を読んでいる様子は無い。ただ時間を潰すためにその柔らかなソファーの席に身を沈め、ページを繰っているに過ぎない様に見える。今どき喫茶店で一人読書をしている若い女性も珍しい。やがて、連れらしき男がやって来た。
 その男もまた若く大学生か、社会人になったばかりというあたりだろう。育ちの良さそうな男だった。流行のハイブランドにセンターで分けた髪型、色白の肌。身なりに金を惜しまないタイプなのかも知れない。顔だちも端正だ。
 しかし、連れの男が来てからも彼女は退屈そうな姿勢を崩さなかった。カバンから煙草を取り出し口に加えると男がポケットからライターを取り出しすぐに火を付けた。彼自身は煙草を吸う様子は無い。おそらく彼女のために持ち歩いているのだろう。
 そこからしばらく男は世間話らしき話題を大仰な身振りを交えて話し始めた。しかし、いくら笑い掛けても女は眉ひとつ動かさない。やがてうんざりした様に彼女が席を立つと、男の方も追いすがる様にして店を出た。
 僕は一連の様子を少し離れた席からそれとなく観察しながら魅力とはなんだろうと考えていた。彼女が異性を惹きつけるために特別な努力をしているのかどうかは分からない。しかし彼女は彼女らしく、自然に生きているだけの様に見える。男の方も一般的に言えば見映えの良い方であり、寄ってくる女性も多いだろう。しかし彼は自然に寄ってくる女の子たちには目もくれず、敢えて自分が手の届かないであろう女性を(あるいは彼女の偶像を)追い求め続けているように見える。
 やがて買い物を終えた僕の連れ合いが迎えに来た。
「何を考えているの?」
 店を出てからもしばらくぼんやりとして歩く僕の様子を見て彼女が尋ねる。
「いや、別に」
 僕は答えた。
「大したことじゃないよ」
 今の時点で僕が彼女に大して出会った頃の様な異性としての魅力を感じているのかどうかはよく分からない。それは時間と共に自然と曖昧になり二人の間に漂う空気と入り混じって認識出来なくなってしまったのかも知れない。しかしそれは確かにそこにあるはずだ。
 そんなとりとめの無いことを考えながら僕は連れ合いと共に駅前を通って家まで夕暮れの道のりを歩き、二人だけの日常へと帰って行った。