愛しさと憎しみと | shingo722のブログ

shingo722のブログ

ブログの説明を入力します。

 「愛しさと憎しみと」
 
 恋愛対象に激しい愛情を抱くということは激しい憎しみを抱くことと同義である。その愛情が一方的なものであれ相互的なものであれ、見返りを望む気持ちは避けられないものだからである。もし相手から自分の期待を下回る愛情しか返って来なければ(あるいは全く愛情が帰って来なければ)、その差し引いた分だけの気持ちが憎悪となって相手に向けられる。愛情は常に憎しみを内包しているのだ。そしてそれは親が子に向ける慈愛の心とはまた異なったものである。
「それで相手の男というのは?」
「恋人です。ちょっと前までは、ということだけれど」
 私は彼女の目を見た。非常に冷静な揺らぎの無い目をしていた。
「何か希望は?」
「希望?」
「殺し方ということだけれど」
「ナイフで一突きで殺して下さい。無慈悲に、なんの躊躇いも無く」
 私は微笑した。
「失礼、専門家ですものね」
 彼女は頬を僅かに赤らめた。
「いえ、お気になさらずに」
 私は言った。彼女が元恋人の殺害を依頼する動機は聞かなかった。専門家とはいえ僅かな気持ちの揺らぎが完璧な仕事に支障をきたすという事だってありうる。
「報酬は後払いで指定の口座に振り込んで頂ければ結構です」
「よろしくお願いします」
 彼女は立ち上がると一度もこちらを振り返る事なく後ろ手にドアを閉めて部屋を出て行った。
 激しい愛情が激しい憎しみを内包する。たとえ一時とは言えお互いを愛し、肌を重ねた相手を殺したい程に憎む事だってあり得るのだ。いや、それがむしろ人の心の必然なのかも知れないな。私は彼女が出て行った部屋で一人煙草を吸いながらそんなことを考えていた。