「電話」
午後2時きっかりに仕事にひと段落をつけると私は家に電話をかける事にした。ちょっとした事務的な手続きについて妻に聞きたいことがあったからだ。
「もしもし」
数回のコールののちに誰かが電話に出た。男の声だった。それで私は混乱してしまった。なぜなら私と妻は夫婦二人暮らしだし、今日誰かを家に呼ぶなんて話は聞いていなかったからだ。
「失礼ですが、○○の家ではありませんか?」
私は自分の名前を告げた。
「○○の家です」
男は当然といった感じで答えた。
「ねぇ、あなたは一体…」
そこで電話は切れた。私はその日電話をかけ直さなかった。またあの男が出たらと思うとどうしても家に電話する気にはなれなかったのだ。
私はその日、夕食の席でそれとなく妻に聞いてみた。
「今日誰かウチにお客さんは来た?」
「お客さん?」
妻はきょとんとして言った。本当に心当たりが無さそうな言い方だった。
「いいえ…新聞の勧誘なら来たけれど」
「そう」
私は言った。
「電話は?」
「そう言えばお昼に一件あったわ。私が用事で出られずにいるウチに切れてしまったけれど」
私はそれ以上何も質問しなかった。
夕食の後で我々は久しぶりにセックスをした。私が妻を誘ったのだ。そうしないとどうにも気持ちに収まりがつかなかったからである。
「どうしたの?」
終わった後に妻がクスクスと笑いながら尋ねた。
「最近仕事で疲れてるって言って全然しなかったのに」
「ちょっとね」
そう言って私はゴロリとベッドに横になった。
しかし電気を消してからも私のモヤモヤとした気持ちは晴れなかった。妻は私に嘘をついて男を家に連れ込んでいたのだろうか?でもたとえそうだとして、男に電話を取らせるような事をするだろうか?それが旦那である私からの電話であった場合、まずい事になるのはお互いに分かっているはずである。夜更けに妻に背を向けるようにして寝返りをうちながら私は一人、顔の見えない男の影に悩まされ続けていた。