「閉ざされた心」
優しさを優しさとして受け取れないとき、頑なに閉ざされた心は時として相手の気持ちを跳ね返し、傷付けることさえある。
「あなたにはもっと素敵な人があらわれるはずよ」
彼女は言った。
「僕とじゃ幸せになれないってこと?」
僕はアスファルトの地面を強く、何度も靴の底で踏みつけながら行った。気の荒い御者がノロマな馬を気晴らしがてらに鞭打つように。
「そうじゃない。私と居るとあなたはきっと不幸になるわ。そしてあなたの心はこれまで以上に固く冷たく閉ざされてしまう。それはあなたにとっても周りにとっても良いことではないわ」
「結局僕が悪かったんだよ」
僕は吐き捨てるように言った。
「君に見合うような男になれなかった、それまでの事だよ」
そのとき彼女は哀しそうな目で僕を見ているばかりだったが、僕は自分の感情の処理に手一杯で、彼女が自分を殺すようにして去って行こうとしていることに気が付かなかった。その数年後、彼女が僕の知らない男と結婚した事を風の便りに知った。そしてさらに数年後彼女が死んだという知らせを受け取ったとき、僕の頭に浮かんだのは彼女のあの哀しそうな目だった。死因は伏せられていた。彼女はこの結末に薄々気付いていたのだろうか。だからあの時、自分から去って行ったのだろうか。もしかすると心の奥底では僕に助けを求めていたのでは無いだろうか。
僕はやり切れない気持ちのまま彼女が亡くなった事を知らせるその手紙を何度も読み返していた。まるでそこに、あのときの彼女の気持ちの真相が書かれているのではないかと探し求めるように。