「夏の終わりの匂い」
夏の終わりの匂いがした。日に日に短くなる午後の日差しにも、子どもたちが遊ぶ夕方の公園にも、ベランダに干された洗濯物にも、その匂いは淡い影のように染み付いていた。僕は窓際の机で頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外の午後の景色を眺めていた。ふと涼しい風が吹き抜けたときに振り返ると、妻が麦茶を乗せた盆を持って来てくれていた。
「何を見てらっしゃるの?」
「いやなに、ちょっと名残惜しくてね」
そう言ってしまってから、随分と言葉を端折った答えであることに気がついた。
「もうすぐ秋ですものね」
妻は微笑すると盆を下げて持って行った。
相変わらず吹き抜ける風は肌に心地良く、僕は心穏やかに窓の外を眺め続けていた。やがて移ろう季節の中でも妻と二人静かに暮らせたらいい。そう思いつつ口に含んだ麦茶からも確かに夏の終わりの匂いがした。