「電話の男」
「もしもし?」
不安になって僕は電話口に呼び掛けた。
「もしもし」
男はちゃんとそこにいた。電話口の向こうで息をころすようにして、じっと僕の様子を窺っているようだった。
「つまりあなたは彼女と正式にお付き合いしているわけですね?」
「だから何度もそう言っているだろう」
相手は苛立ったように言った。
「別れるなら今のうちだよ。そうでないと少し面倒なことになる」
「具体的にどういう風に面倒なんだろう?」
「それを一々説明する義理はない」
「とにかく彼女を交えて一度お話してみない事には事態は進まない様に思いますがね」
「その必要はない」
相手の男は焦ったように言った。
「この事については彼女はもう同意済みだ」
「同意済み?」
「話はつけてある。とにかく早く彼女と別れるんだ」
駄々をこねるようにその男は言った。今にも泣き出しそうな雰囲気だった。
「分かりました」
「ああ。じゃあ二度と彼女と関わらないと約束…」
「もうすぐ彼女がウチに来る事になっているから直接彼女に聞いてみますね」
そう僕が言い切らないうちに電話は切れた。
部屋は深い静寂に包まれていた。電話口にはまだあの男の苛立ちが残っているようだった。一体あの男は誰なのだろう?彼女と正式に付き合っている?ならなぜもっと堂々とした態度を取らないのだろう?僕にしたところで彼女と付き合いだしたのは最近になってからのことで、以前の彼女の事についてまだ深くは知らない。まだ関係の切れていない男がいて、それが彼なのだろうか?
とにかく彼女に直接聞いてみなければ。僕の耳にはまだ電話の男の気味の悪い息遣いと執念深そうな喋り方がまとわりついていた。