妄想 | shingo722のブログ

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 「妄想」
 
 雨に降り込められたバス停で二人の男女が出会う。古い映画の一場面の様に。もしこれが映画の中ならば、その後二人はおずおずと言葉を交わし、お互いに多くの共通点(学校や会社に上手く馴染めない、家庭環境の問題、密かに抱いている夢、云々…)があることを発見し、次第に心惹かれ合いやがて付き合うようになる。まさにそんな状況だった。
 夕暮れ時の突然の雨に僕がバス停の屋根の下に駆け込むと、一人の女性がすでに雨宿りをしている。女性はチラリと僕の方を見る。美しい女性だ。濡れた黒髪が艶やかに蛍光灯の光を反射している。しかし、お互いの間に会話は生まれない。彼女はどう見ても二十代半ばを超えていないし、下手をすれば大学生かも知れない。比べて僕は三十も半ばに差し掛かり、世間で中年と言われることを受け入れつつあった。そんな初対面の二人の間にどんなロマンスが生まれよう?おまけに僕は散歩用のジャージに毛玉の付いたパーカーを羽織っている。
 彼女は僕を一瞥するとすぐにスマートフォンに目を落とした。僕は自分の妄想が気まずくなって早く雨が止まないかと空を見上げている。こんな二人の間に何が生まれるだろう?
 あるいは僕が学生で(願わくば彼女より年下で)雨に濡れた少し長い髪から雫を滴らせていたなら、濡れた学生服が肌に張り付いて少し寒そうな様子を見せていたなら、彼女は振り返って僕を見るや否や、歩み寄って来てハンカチを貸してくれたかも知れない。僕はそのハンカチの甘い匂いにボーッとなりながら、知らぬ間にその美しい女性に学校の悩みなどを打ち明けてしまっていたかも知れない。そして自分の将来の夢に掛けて貰った彼女の温かい励ましの言葉に心動かされていたのかも知れない。しかしそんなことは起こらない。全ては僕の時空を超えた妄想だ。
 やがてバスが来るとサッサと彼女はそれに乗って行ってしまう。運転手は呆然と佇む僕にバスに乗る意思がないことを見て取ると、軽く顔をしかめてドアを閉めバスを発車させた。一人取り残されたバス停で、僕は妄想と現実の狭間にぼんやりと立ち尽くしていた。しかし、この雨は全く止む様子がないな。