「朝」
一つの事実を事実として認識するに当たって、いくつかの便宜的に確認しなければならない問題があった。まず第一に僕は昨晩ひどく酔っ払っていたこと、そして第二に、バーに入った時点では確かに一人であったこと、この二点だった。
しかし現状として、いま僕は知らないうらぶれたラブホテルの部屋で知らない女とベッドを共にしている。どこで出会ったのかも分からない、名前も知らない(聞いたのかも知れないが覚えていない)女が、朝起きたら隣で静かな寝息を立てていた。
僕は鏡を見た。げっそりとまではいかないまでも、頬はこけて目だけが妙にギョロついた僕の顔がそこにはあった。鏡台の隅には女の物であろう小さな黒いポーチが転がっていた。
可能ならば僕は女を起こさずにこのまま部屋を出て行ってしまいたかった。後々の面倒を考えればそれが一番まともな考え方に思えた。しかし、うつ伏せにベッドに身を投げ出した裸の女の後ろ姿を見ているうちに、もう少しこのまま、女が目を覚ますまでここに居ようかという気持ちになった。たとえ目を覚ました女と喋ってみたところで、どうとなるものでは無いのかも知れなかったが。