「波打ち際にて」
寄せては返す小波が時の記憶を行きつ戻りつしながら、しかしハッキリと彼女に過去を思い出させているようだった。
「ドライブが好きだったの」
そう言って彼女は返していく波に向かって一歩踏み出した。
「休みの日にはよく遠出したわ」
彼女の記憶の光景が助手席から見たものであることは明らかだった。僕は曖昧に相槌を打った。
「今でもまだドライブは好き?」
僕は聞いてみた。
「ええ。ときどきまた、遠くへ出掛けたくなるの」
そう言って彼女はまた波打ち際に向かって一歩を踏み出した。僕はそんな彼女を引き戻そうと手を伸ばした。しかしその指先には何も触れず、ただ時の壁を撫でただけだった。僕はただ、記憶の海に足を浸す彼女を見つめていることしか出来なかった。