「存在」
そのとき僕は、自分が確かにそこに存在していると自信を持って断言することが出来なかった。知らない街の名前も聞いたことのない駅に降り立ち、ベンチに座って途方に暮れているときのような場合、誰もが一時的にせよ暫定的な存在になるのではないかと思う。仮初に、とりあえずそこに存在しているだけの存在。そんな人間にどうして自分がそこに存在しているという確固たる証明が出来よう?
僕は駅を出ると煙草を一本吸い終わるまでそこにじっとしていた。自分という存在をそこの空気に馴染ませるために。煙草の煙と一緒にその街の空気を胸いっぱいに吸い込んでから吐き出した。
しばらくして歩き出す頃には、数分前の駅のベンチで途方に暮れていた自分より幾分その場所に馴染むことが出来たような気がした。差し当たって自分が今からどこへ向かうのか、それすら決めてはいなかったのだけれど。