「特別なもの」
結局のところ、僕は彼女のためだけに心の中に空けてある、特別な物を持ち合わせてはいなかったということだったのかも知れない。
「もうあなたと一緒にいることは出来ないわ」
そう言って彼女は出て行った。以前から僕と並行して付き合っていた男のところに転がり込むようにして暮らし始めるらしい。僕は言いたかった。そんな男より、僕の方が君にとって相応しい男なんだよと。でも僕は最後までそんなことは言わなかった。
「そう、元気でね」
と言ったきりだった。
少し広くなったリビングで、さっきまで彼女が座っていた椅子を眺めながら、自分に足りなかったもの、彼女に与えられなかったものについて僕は考えていた。僕自身が彼女にとっての特別なものになり得なかった、その理由について。