「山小屋にて」
僕がスケッチブックを片手にピクニックがてらの写生に出掛けたとき、確かに空には太陽が照り輝いていた。しかし僕が山に着いて草原に腰を下ろしたときには、不吉な予感をはらんだ雨雲が頭上に立ち込めていた。
僕が雨から逃れるために早々にスケッチを切り上げその山小屋に入ったとき、1人の女の子がすでに雨宿りをしていた。歳の頃二十歳過ぎといったあたりで、傍に画材らしきものが入ったショルダーバッグが置いてあったが、聞いてみれば果たして彼女は美大生だった。僕が美大の出身であることを告げると少し親近感を持ってくれたようであった。僕は自分が画家になる夢を諦め一般企業に就職した事を告げたが、彼女は自分の作品を見て欲しいと言う。僕は少し迷ったが、何となく断りづらくもあったので絵を見せてもらう事にした。
カバーを外した大ぶりのキャンパスに描かれた彼女のスケッチには、平凡だが人の心に留まるところがあった。随所に見られるタッチが独特で新鮮な発見があった。僕がそう言うと彼女は少し照れたように笑った。聞けば彼女も僕と同様、自分の作品に自信を失いかけていたと言う。「もう少しだけ頑張ってみます」彼女はそう言った。
偶然に居合わせた雨宿りの山小屋で、見知らぬ2人の人生が少しだけ交差した。出会いというのも妙なものだな、僕はそう思った。