「パン屋」
僕はなるべく何気ない風を装いながらレジに並んでいる。順番が来たらサッとレジの上にカバンを置き、店員にナイフを突き付け「金を出せ!」と叫ぶ。手順は何度も頭の中で反芻したから間違いない。僕は多額の金と腹いっぱいのパンを手に入れる事が出来る。ちなみに僕が今居るのはパン屋の店内だ。なぜ強盗に入るのにパン屋なのかといえば大した理由はない。家から近過ぎず遠過ぎずのちょうど良い距離にあることと、金も手に入って腹も同時に膨れるという極めて安直な考えに基づいてである。
それにしてもなかなか順番が来ないな。そう思いチラリと前を見ると、僕の2つ前の順番の主婦らしきおばさんが何やら店員と揉めている。いつの間にかよく買うパンが値上がりしているとか、そういったことらしい。かれこれ5分は揉めている。僕は段々イライラすると同時に心細くなってきた。今から強盗を働こうというストレスフルな状況と、目の前の主婦の他愛の無い揉め事とのギャップで、段々なにもかもが馬鹿らしくなって来た。僕の持つ盆の上にはあんドーナッツとソーセージのパンがたんまりと乗っており、これもまた強盗にしては馬鹿らしい。そんなことを考えているうちに唐突に順番がやって来た。不意を突かれて僕は頭が真っ白になり、普通に会計を済ませるとそそくさと店を出てしまった。
近くの公園で腹いっぱいパンを頬張り、遊んでいる子供たちを眺めながら、今日は平和で良かったな、そう思った。