「母の手紙」
幼い頃、亡くなった母親について父親に尋ねた事がある。僕のお母さんはどんな人だったの、と。
母親は僕を産んですぐに亡くなった。元々身体が弱かったこともあったらしく、後々になって僕はそのことで自分のことをひどく責める事になった。
そのときの父親の答えを僕は鮮明に覚えている。
「とても物分かりの良い人だった」
それが父親の答えだった。その答えを聞いたときには僕はいまひとつどの様な反応をして良いのか分からなかったのだが、大人になるにつれ、そこからは冷たい響きを感じるようになっていた。要するに父は、母が自分の思い通りになる人間であったと言いたかったのであろう、そう思ったわけだ。父にはどちらかと言うと物事を合理的に考える傾向があり、そのことで僕は思春期を迎えると父にひどく反発した。
「お前に見せておかなければならないものがある」
高校生の頃、僕は素行の良くないグループと関わり、警察沙汰になったことがある。夜、警察署まで迎えに来た父と家まで帰ったあと、父はたんすの引き出しから一通の封筒を取り出して僕に渡した。そこには母が亡くなる前に書いた、大きくなった僕へ宛てた手紙が入っていた。
「元気にしていますか?お父さんとは仲良くやっていますか?お父さんは本当の意味で人を思いやることの出来る優しい人です。どうか二人が幸せでありますように」
手紙の内容は僕と父の将来のことを案じる言葉で終始していた。母は自分の死が近い事を受け入れ、ただ一心に僕と父の幸せだけを祈っていた。
「とても物分かりの良い人だった」
その言葉の本当の意味が分かった気がした。