「列車」
「ふぅ…」
僕はもう何度目だかわからない溜め息をつくと煙草を靴底で揉み消した。そして手近なところにいた駅員に声を掛けた。
「あの」
「ん?」
「いつになったら次の列車は来るのでしょうか?もう随分と予定時刻を過ぎているようだけれど」
駅員は田舎者特有のきょとんとした邪気のない目で僕を見ながら言った。
「次の列車なんか来ねぇよ」
「え?」
「だってアンタ、さっきの便を見送っちまったじゃねぇか」
「それは僕の勝手でしょう。待ち合わせの時刻ちょうどに着きたかったから見送ったまでだ。それに車両の中は随分と混んでいるようだったしね」
僕は憮然として言った。
「随分と悠長な事を言っているね」
駅員は僕を真っ直ぐに見据えて言った。もうさっきのような田舎者の純朴な目をしてはいなかった。そこには何か得体の知れない、人外の領域に迫るような感情の見えない雰囲気があった。
「アンタは乗れるはずの列車に乗らなかった。予定の時間まで間があるだの、車両が混んでいるだのと言い訳して結局二の足を踏んだだけだ。なぜ次の列車が確実に予定通りの時刻に来ると決めてかかった?なぜ決断を先送りにしたんだ?」
もう彼はさっきまでの駅員では無かった。人ですら無かった。何かこの世の理をつかさどる概念のようなものだった。僕は呆然と線路の行く末を眺めていた。
「アンタはこれからこの道を歩いて行かねばならない。もう列車は来ない。いや、来たとしてもアンタの乗る余地は無い。自分の選択を後悔しながら自分の足で歩いてゆくがいいさ」
僕はトランク・ケースを下げ、重たい足を引き摺りながら、自分が今まで見送って来たいく本もの列車という何かの事を思った。そしてさっきよりも重たい、地の底から這い出たような溜め息をついた。