「引き篭もり」
半年間、いやもっとかも知れない、部屋に篭っていた時期がある。僕が中学2年のときだった。母親は静かに泣き続けた。父親は怒り、困惑していた。そして母を責めた。その怒声は僕の心を激しく切り刻み焼いた。しかし僕がその半年かそこらの間、トイレと風呂以外(それも家に誰かが居ない時を心掛けた)で部屋を出ることは無かった。
きっかけは些細な行き違いから友人と喧嘩し、それがクラス中を巻き込んだ無視へと発展したことだった。そういったときの学生の団結力というものは強く揺るぎない。その経験は僕の心に深い傷を残し、部屋に篭っている間僕はその傷を何度も掻きむしり、生温かい血を流した。一度流れ出した血は留まるところを知らず、辺りを真っ赤に染めた。僕はその真っ赤な世界の中で堪らなく孤独で独りぼっちだった。
転機は突然だった。ある日何の前触れもなく僕は学校に行ってみてもいいかも知れないと思い、学生服を来て家を出た。両親はその様子を腫れ物に触るような目で見ていた。僕はそれまでとそれ程変わることなくクラスでの1日を過ごし、喧嘩した友人と少し話をし、家に帰った。まるでその半年が1日か2日だったかのように、あるいはすっぽりと抜け落ちでもしたかのように、それまで通りに1日を過ごした。
それからも家庭の中で僕が部屋に引き篭もっていた時期の話が出ることはほとんど無かったし、今でも実家に帰ったときにそんな話になることは無い。僕が何事も無かったかのように再び学校に通い出したとき、両親はどう思い、どんな話をしていたのだろう?今となっても知る由は無い。そして実を言うと、僕もその半年間具体的に部屋の中で何をして過ごしていたのか覚えていない。ただ掻きむしった心から流れ出した、あの生温かい血の感触を覚えているだけである。