「目」
「結局のところ俺は自分に負けたのさ」
彼は言った。
「最後の試合、前に出て打ち合うべきだった。だが俺は足を使ってアウトボクシングをする事を選択した。俺の技術と経験があれば挑戦者の勢いをいなせると思ったんだ。だが最後には飲まれた。歳のせいもあるかもしれない。だが結局、俺は正面から打ち合うことから逃げたんだ」
「カムバックの可能性は?」
元王者はため息混じりに笑った。
「さっきも言ったように俺も歳だ。今さら若者に混じってボカスカやり合う気は無いよ」
そう言って彼は椅子から立ち上がった。
「ありがとう、楽しかったよ。アンタは若いが記者として見込みがある」
別れ際彼は手を差し出し、握手をしてくれた。ガッシリとした拳で力強く。僕は改めて彼を見た。その引き締まった身体と、歴戦をくぐり抜けて来た拳を。トレーニングを続けていることはすぐに見て取れた。そして何より、彼の目はまだ飢えと渇きを宿していた。まだボクサーとして死んでいない。その目が語っていた。