「パンケーキ」
まず初めに曜日の感覚が消滅した。次に日にちの感覚が無くなっていった。僕は最初、鉄格子から差し込む僅かな陽の光を頼りに、自分がこののっぺりとした白い部屋に監禁されてからの日数を数えていたのだが、やがて馬鹿らしくなってやめた。それが正確な日数なのかも分からないし(僕は24時間寝て12時間起きていたのかも知れない。もちろん時計など無い。)、第一いつここから出られるのかも分からないのだ。
少女が現れたのは、珍しく月明かりの差し込んだある日の晩だった。いつもは食事のたびに白衣と防護マスクを装着した研究員のような人間たちがカートを押してやってくるのだが、その少女は純白のワンピースを着て、素顔のままだった。
「何をしているの?」
「首を括ろうと思っていた。このままいつまでも監禁されるのなんか御免だし、頭がおかしくなりそうだ。幸いにも丈夫なシャツを与えられているし、この鉄格子を利用すれば首を吊るぐらいは出来そうだ」
「そんなことを言わずに元気を出しなさいな。ほらハチミツのたっぷりかかったパンケーキよ」
少女の持ってきた皿の上には、実際に僕がここに来てから全くお目にかかることの無かった美味そうなパンケーキが乗っていた。
「食べていいのかい?」
「もちろん、さあ早く、アイツらが来ないうちに」
僕が夢中になってそのパンケーキに貪り付いたところでバタバタと足音がした。
「まずいわ、ヤツらが来た。もう行かなくては」
「待って、君は一体…」
僕は朦朧とする意識の中、研究員たちに取り囲まれていた。
「被験者が自殺を図った模様。何やらうわ言を呟いています」
辺りには少女の姿は無かった。僕が貪りついていたパンケーキもどこかに消えていた。
「実験は一旦中止して、被験者を病棟に移します…」
あの少女は僕の見た幻だったのだろうか?僕の口の中にはまだハチミツの甘い香りが僅かに残っていた。