「犬」
彼女と僕が出会ったのは小学校5年生のときである。彼女は転校生で、関東の方から父親の仕事の都合で引っ越して来たという。当時の僕は「父親の仕事の都合」という言葉そのものに何かしら特殊な響きを感じていたのだが、それはまた別の話である。僕自身友達が少ない方であったのだが、転校してきてしばらくの間、隣の席の僕が色々と分からないことなどの世話をすることになり、それで彼女と仲良くなった。
彼女の家に何度か遊びに行かせてもらっているうちに、ペットの犬も僕によく懐くようになった。僕たちは二人でよく飽きもせずにその犬と遊んだりしていた。
ある日、彼女が泣き腫らした目で学校に来たことがあった。朝起きたら犬が動かなくなっていたらしい。ここ数日、風邪気味で具合が悪かったらしいのだが、前日の夜中に体調が急変したという。
僕自身、犬が死んだことはショックだったのだが、それ以上に驚いたのは、彼女がその後数日学校を休むぐらいにまで落ち込んでいたということだった。僕はそこに、当時の自分では推し量ることの出来ないほどの悲しみを見た気がした。
犬が死んだ日、結局彼女は学校を早退した。僕も学校が終わるとすぐ彼女の家を訪ねた。そして毛布に包まれた犬の亡き骸におそるおそる触らせてもらった。それは驚くほど硬く冷たく、今まで触れたことのない感触がした。そして二人で庭に穴を掘ると、毛布ごとそこに亡き骸を埋めた。
僕は今でもそのときのことを思い出す。犬を埋めるときの、彼女のまるで脆い魂を扱うような手つきと、とても静かな表情を。