「密度」
ピストルが撃ち鳴らされ、スプリンター達は爆発的に走り出す。より速く、より強く脚を回転させ、踏み出す。刹那、彼らの脳内にはライバル達との駆け引きが繰り広げられる。お互いの位置関係などが視界の端で捉えられる。そして、空白が訪れる。空白と言っても彼らが何も考えなくなるということでは無い。思考は他者との駆け引きから、より内面的な己との闘いへと切り替わり、深い深い内省へと降りていく。己の筋肉、関節、骨、皮膚と会話しながら0.001秒でも速く前へと身体を運ぶべく死力を尽くす。その膨大な思考が行われる時間、僅かに10秒足らずの間である。
やがてスプリンターの身体がゴールテープを切るとき、その思考は終焉を迎える。肉体と頭脳を極限まで酷使した濃密な10秒間が終わる。その10秒間に彼らの人生のほとんど全てが詰まっている。その密度たるや、筆者の想像を絶する。