「もう一日」
真夜中のシャッター街は打ち捨てられたように人の気配は無く、何だか海の底を歩いているようだった。我々は深夜の2時に当てのない散歩を続けていた。その高架下のシャッター街は戦後すぐには復興の象徴として賑わったらしいが、徐々に活気を失い、今も営業している店は数店舗しかない。それが営業時間外だから閉まっているのか、そもそも閉店してしまった店なのか、区別が付かなかった。もっとも、どちらも似たようなものなのかも知れなかった。
「明日が期限か」
僕はもう何度目だか分からない自問自答を繰り返した。
「そうね」
妻は言った。我々は店を経営していて、資金繰りに困り、借りられるところには借りられるだけ借金をしていた。そしてどうしても返さなければならない借金の期限が明日に迫っていた。僕にしたところで妻に何か明るい返事を期待していたわけでは無かったが、それでもやはり事実は確固たる事実として重くのしかかって来た。
「首でも括るかな」
「そうね」
僕は妻の顔を見た。うつむき加減ではあったが、それでも意識ははっきりとしているようだった。
「あなたがそうするなら私も一緒に死ぬわ。でも、もう一日だけ生きてみない?明日になれば何か状況が変わっているかも知れないし、死ぬことはいつだって出来るでしょう?」
僕は話を聞きながらぼんやりと妻の顔を見ていた。いつだって僕を励ましてくれた人の顔を、少しでも長く見ていたかった。そのとき、妻の携帯の着信音が鳴り響いた。
「もしもし。ええ、ええ…本当に?ありがとう。それでなんとかなるわ…」
僕らはシャッター街を抜け、海の近くまで来ていた。夜明け前の空は白み始め、水平線からは今まさに太陽が上ろうとしていた。
「もう一日だけ生きてみない?」
電話を切ると、妻は再びそう言って僕に微笑みかけた。