「不在」
朝目を覚ましたとき、部屋の中の様子がいつもと違っていることに気がつく。部屋にあるものがやけに余所余所しく感じる。時計の針も机の上の鉛筆立ても、窓から差し込む陽の光も、まるで他人のようだ。水を飲みにキッチンに行ったとき、僕はその理由を知る。部屋のどこにも妻の姿が見えなかった。彼女は出て行ってしまったのだ。朝が来る前に、僕が目覚める前に。それと共に、部屋の家具や雰囲気、猫の様子さえ変わってしまった。彼女(猫だ)は僕が呼びかけてもほとんど反応を示さなかった。そして大きく伸びをするとどこかに行ってしまった。まるで妻と同じように。
僕はベランダに出て煙草を続けて二本吸うと諦めて部屋に入り、コーヒーを入れた。さてと、と僕は思った。妻は出て行ってしまったわけだ。いくつかの思い出と、確かな不在感を残して。原因はおそらく僕にあるのだろう。しかし、さしあたって今のところそれについて何かを考えることは出来そうになかった。僕は三分の一ほど飲んだコーヒーの残りを捨てると、当てのない散歩に出掛けることにした。