虫 | shingo722のブログ

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 「虫」
 
 「その蝿のような虫はね」
 母親はとても小さな声で子供に語りかけた。
「耳の穴から入って人間の頭の中に卵を産むの。やがて卵からかえった虫たちは脳と同化してその一部として生きることになる。そうすることでその人間の体を乗っ取るのよ」
「乗っ取られた人間はどうなるの?」
 子供はおそるおそる尋ねた。
「その人間はまるで人格が変わってしまうの。それまで大らかだった人も、猜疑心がとても強くなり…疑い深くなるってことね、ひどく怒りっぽくなってしまう」
「そんなの嫌だな。僕の知ってる大人の中に、その虫に体を乗っ取られた人はいないの?」
「どうかしら?」
 母親は意味深げに微笑むと、ベッドで寝ている子供の頭に手を置いた。
「さぁ、もう寝る時間よ。早く寝ないと明日は朝からお出掛けよ」
「もっとお話が聞きたいな」
「駄目よ。その蝿みたいな虫は夜活動するの。寝ている子供には何もしないけれど、遅くまで起きている子供の耳の穴にはこっそり忍び込んで卵を産むかも知れないわよ」
 子供は思わず両手で耳を塞いだ。
「おやすみ、かわいい子。明日もいい子にしていたらお菓子を買ってあげるからね」
「ママも蝿みたいな虫に気を付けてね」
 母親は微笑むと子供の枕元の明かりを消して部屋から出て行った。子供は真っ暗な部屋の中で一人、その蝿のような虫のことを考えていた。あるいは街の肉屋のおじさんはもう頭に卵を産みつけられたのかも知れない。とても愛想が悪いうえに、僕がお使いに行ってまごついていると、ひどく不機嫌になるものな。そんなことを考えながら子供はやがて眠りに落ちていった。そしてその蝿のような虫のことも忘れ、夢の中で彼は母親の買い物に付き添って、とてもいい子にしていたご褒美にお菓子を買ってもらうことになった。そして翌朝母親に優しく起こされるまで、その無垢な夢の中で彼は幸せに過ごし続けることが出来た。