「横断歩道」
酷く暑い夏の日だった。僕は見通しの良い広い道の横断歩道を渡ろうと、ふらりと足を踏み出した。容赦なく照りつける夏の日差しにいくぶんボーッとしていたせいかも知れない。気が付いたときにはトラックが目前まで迫っていた。悪いことに運転手は長距離の運転で疲れ、居眠りをしていた。刹那、僕の頭をよぎったのは入院している祖母のことであった。
幼い頃から僕は祖母のことが苦手であった。身体の弱かった僕は学校を休みがちであり、部屋で寝ていると決まって祖母がやってきて、
「この子はまた大した病気でもないのに学校をやすんで!」
と叱りつけた。今にして思えば祖母なりに初孫であり長男である僕にしっかりとして欲しかったのだろうが、そのとき僕は祖母に対して強い反発心を抱いた。
それからも、祖母はことあるごとに僕に干渉しようとしたが、僕は成長するにつれてろくに相手をしなくなっていった。段々と年齢を重ねて弱っていく祖母を見て見ぬふりして来た。そんな祖母が倒れたという知らせを聞いたのは僕が大学を浪人した上に大して勉強もせずに毎日フラフラと遊び歩いていたときだった。正直、祖母に合わせる顔が無いと思った。それで見舞いに行くのを先延ばしにしてずるずると今日まで来たのだった。
しかし、今迫ってくる自分の死を目前にして、僕は激しく後悔した。もっと早くに祖母と向き合っていれば、自分はこんな状況には無かったんじゃないだろうか?今さら悔いても仕方のないことだが、僕は祖母に会って謝りたかった。逃げ続けて申し訳なかったと。
次の瞬間、トラックは急ブレーキの音と共に僕の目前で進路を変え、僕の傍をすり抜けるように走って行った。危ういところで運転手は意識を取り戻したようだ。僕はなんとか命拾いした。
しばらく僕は呆然としていたが、やがてゆっくりと、祖母のいる病院へ向かい歩き始めた。