「登山」
「はぁ…はぁ…」
急勾配の登山道を脚を引きずるようにして登りながら、僕は荒い息をしていた。
「ねぇ、少し待ってくれないかな」
僕は息一つ切らさず前の方をスタスタ登っていく彼女に声を掛けた。
「ほらほら、だらしないわよ。男ならさっさと歩く!」
「少し休憩にしよう。ちょっと脇道にそれてさ…」
「さっき休憩したばかりでしょう?先行っちゃうよ」
「あのさ、この前の話の続きだけど…」
「山頂までついて来られたら聞いてあげる」
そう言って無慈悲に彼女はひょいひょいと、大きなリュックを担いだまま先へと進んで行く。
「この分じゃ望み薄かな…」
会社の同僚である彼女とはまだ付き合って3ヶ月ほどしか経たないが、この前僕は思い切ってプロポーズしたのだった。彼女の明るくバイタリティ溢れるところに強烈に僕は惹かれていた。まぁ、自分に無いものを求めているだけなのかも知れないけれど…。
「じゃあ今度の休みに私に付き合ってくれたら考えてあげる」
そして連れて来られたのがこの地獄の急勾配を有することで有名な登山道だった。
「私に最後までついて来られたらいいわよ」
というのが彼女に出された最難関の条件だった。僕は汗やら鼻水やらヨダレやらで顔をグシャグシャにしながら(男としての魅力はひとかけらも無い)死ぬ気で喰らい付いて行ったが、どうやらこの辺りが限界らしい。
そんな僕を彼女はチラリと振り返るとタメ息をついてこう言った。
「これじゃ一緒になってからが心配だわ」
極限を迎えた僕の身体だったが、その一言は聞き逃さなかった。
「え⁉︎それってどういう…」
「ほらほら、山頂までもう一息よ!」
山の上から差し込む眩い太陽の光を背に、僕に向けられた彼女の笑顔は、逆光をも跳ね返すぐらいキラキラと光っていた。その姿を見失わないように、僕は渾身の力を振り絞って坂道を駆け登って行く。