「田舎」
水面が月光を反射してキラキラとした小川のせせらぎを作り出していた。周りの山々は巨大な影として立ちはだかり、田舎の町の人々に謙虚さを促していた。おそらく昔話の多くはこのような山や森に囲まれた生活と夜の漆黒の闇が創り出したものなのだろう。
またそれは、僕自身の無力さを象徴しているようでもあった。
「出て行くの?この町」
「うん」
「出て行かなければいけないの?本当に」
「あぁ、もう決めたことだから」
「そう」
音楽でやれるところまでやってみる。そう彼女に打ち明けたのが去年の暮れだ。もうすぐ4月になる。
「なんだか取り残されたみたい」
「悪いとは思ってるよ」
「私だけこの田舎で年老いて行くように感じるの。まるで全てがゆっくりと死んでいっているようなこの町で」
「だから僕は上京する決心をしたんだ」
「だれもがあなたみたいに強いわけじゃないわ」
「僕は強くなんかない。強くあろうとは思っているけどね」
彼女はじっと僕の目を見た。月明かりに照らされた彼女の顔はどこか妖しく、森に棲み人をたぶらかす美しい魔物のように見えた。「昔々…」という声が聞こえた気がした。
「必ず迎えにくるよ、きっと成功して」
「そう。じゃあ待ってるわ。この町で、ずっと」
まるで呪縛から逃れるように、僕は彼女から目を逸らした。