温かい心 | shingo722のブログ

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 「温かい心」
 
 温かい心が心温まる結末を生み出すとは限らない。これは現代における歪んだ童話である。教訓などほとんど無いと言ってよい。
 ある青年が電車に乗って大学の講義に向かっていた。電車の席に座ってぼんやりしていると、途中の駅で1人の老人がヨボヨボと乗って来た。青年は元来、そういう人を見過ごすことが出来ないタチである。
「おじいさん、良かったらお席を譲りますよ」
 彼は明るく言った。すると青年の意に反して老人は顔を真っ赤にして怒り出した。
「貴様!ワシをそんな歳だと言いたいのか⁉︎電車の中で立っていることも出来ないほどの老いぼれだと、そう言いたいのか!」
「ごめんなさい、そんなつもりは無かったんです」
「ええい、うるさい!貴様の様な若造、どうせ時間が有り余っているんだろう。ワシの家に来い!掃除から何からこき使ってくれるわ!」
 青年は結局大学の講義をほっぽり出して、老人の部屋を片付けるはめになった。
「おじいさん、おじいさんの言う通り部屋を片付けて、洗濯をして、ゴミを出して、ご飯の買い出しに行って、料理を作っておきましたよ」
「ふん、ならお前はもう用済みだ!とっとと帰るがいい!」
 すっかり日の暮れた街に青年は放り出されてしまった。結局大学の講義にも出られず、彼女とのデートまですっぽかしてしまう事になった青年は、老人に席を譲ろうとしたことを深く後悔した。
 深い深いため息をついて青年が家に帰ろうとすると、重たそうな荷物を持った老婆がヨボヨボと目の前を歩いていた。青年の頭を今日の出来事が走馬灯の様に駆け巡ったが、結局青年は老婆に駆け寄ると、こう声を掛けた。
「おばあさん、重たそうな荷物、良かったらそこまでお持ちしましょうか?」
 最初に断った様に、この話に教訓などほとんど無い。しかし読者が各々何かを感じ取ってくれたならそれは一つの達成と言えなくもない。作者はこの可哀想な青年に幸あらん事を祈るばかりである。