「写真入れ」
顕在意識の上で嫌っていたとしても、潜在意識の下では求めているということがある。彼女にとっての母親がまさにそうだった。あれだけ嫌っていた水商売を今でも続けているのも、良きにつけ悪しきにつけ母親の影響を認めざるをえない。彼女の店での評判は上々だった。
ずっと母親とは違う生き方を選ぼうともがいて来た。必死に気を張って生きてきた。しかし、母親と二人暮らしの(実際には入れ替わり立ち替わり母親の男が出入りしていたワケだが)部屋を出てからは生きていく事に必死で、ずるずると今の店で働く事になり、ミュージシャン志望のヒモ男を養う事になったのだった。
母親の葬儀のあと親戚のおばさんに1枚の写真を手渡された。それは幼い彼女と母親が一緒に映ったもので、折り紙で出来た手作りの写真入れに入っていた。それは彼女が昔、母親の誕生日にプレゼントしたものだった。実際には彼女が手渡したワケでなく、夜中に母親が仕事から帰って来たときに分かる様に食卓に置いておいたのだった。翌朝見てみると食卓の上の写真入れは無くなっていたが、母親はそれについて一言も彼女に言葉を掛けてくれたりはしなかった。
とっくに捨てられたものだと思っていた。でもその写真入れと彼女と母親が二人で映った写真を見たとき、どれだけ酔って帰って来ても、母親が彼女のために朝ごはんだけはきちんと用意してくれていた事を思い出した。晩ごはんや昼のお弁当は外で食べるようにお金だけを手渡されることもあったが、なぜか朝ごはんだけはきちんと毎朝食卓に用意されていた。それが母親なりの、彼女とたった二人の家族のルールだったのかも知れない。
母親の亡骸と対面したときにも泣かなかったのに、なぜだかその写真入れを見たとき涙が止まらなかった。私は母親の事を許したのだろうか?母親の生き方を受け入れたのだろうか?そう自問してみたが、答えはすぐには出なかった。ただ涙だけが次から次に溢れて来て、折しも降り出した雨とともに、地面を濡らした。