職業 | shingo722のブログ

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 「職業」
 
 「当ててみて」
 彼女は言った。僕たちは喫茶店の2人掛けのテーブル席に向かい合って座ってコーヒーを飲んでいた。
「私の職業。思い付いたものを何でも言ってみて」
 彼女の金色のイヤリングがキラリと光った。そしてそれは彼女にとてもよく似合っていた。
「まるでゲームみたいだな」
 僕が笑ってそう言うと彼女も微笑んだ。
「特に賞品は出ないけれどね」
「デスクワークというんじゃ無いと思うな。なにかインストラクターとか、身体を使う仕事じゃないかな」
 彼女は女性にしては背が高く、筋肉も引き締まり、どちらかと言うとがっしりとした身体つきだった。
「良い線行ってるわね」
「そしておそらく、高度に技術的な専門職だと思うな。誰にでも出来ると言う種類の職業じゃ無い」
「高度に技術的な専門職」
 彼女は繰り返した。
「そうね、確かに。誰にでも出来ると言う種類のものでは無いわね」
「そしてあなたはその職業に強い思い入れのようなものを持っている」
 彼女は僕の目を見て、それから自分の手元に視線を落とした。その指先が神経質そうに動いた。
「誰でも自分の職業には強い思い入れを持っているものじゃないかしら?長くその仕事を続けていればなおさらね」
 彼女はぎこちなく微笑みながら言った。
「いや、あなたの自身の職業に対する思い入れはもっと個人的なものじゃないかな。たとえばあなたの生い立ちとか、そういったものに関係するような…」
 彼女はもはや笑ってはおらず、凍りついたように動かなかった。
「どうして、そう思うの?」
 しばらく後でやっと彼女は口を開いた。
「ただの当てずっぽうですよ。お気を悪くされたなら謝ります」
 実際には全くの当てずっぽうというわけでは無かった。彼女は自身の職業にプライドを持っているようだったし、自分の職業に関して、人にベラベラと喋るタイプのようでも無かった。そしてそれは、職業的機密というよりは、彼女に内在する根源的な何かに直結しているように見えたからだ。長く物を書く仕事をして人にインタビューをする機会などが多くなってくると、そういう職業的直感のようなものが備わってくるものなのだ。
「ごめんなさい、気にしないで」
 彼女は気持ちを落ち着ける様にコーヒーを一口飲むと言った。
「そうね、確かに私は自分の職業に対して思い入れを持っている。とても強くね。でもこの話はまた今度にしましょう。もちろん、また今度お会いして個人的な話をする機会があればということだけれど」
 僕たちは雨に降り込められた喫茶店で相席した者同士、わずかな時間の暇潰しとしてこの「職業当てゲーム」を始めたのだった。
 外を見ると雨はほとんど上がっていた。目の前のテーブルには口紅の付いた吸い殻と飲みかけのコーヒーカップだけが残されていた。結局職業を聞くことは出来ないまま、彼女は行ってしまった。さっきまで彼女がそこに居たという存在のカケラのようなものと、ミステリアスな空気だけを残して。