兄弟 | shingo722のブログ

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 「兄弟」
 
 「兄はとても優秀な人でした」
 彼は丁寧な、しかしどこか感情を欠いた声で言った。
「学生時代は体操部のキャプテンとして部員を引っ張って、インターハイにまで出場しました。元日本代表の○○選手とは同期になります。また、大学をほとんど主席で卒業したあとは、一部上場企業である××商事に就職し、将来を嘱望されていました」
 そこまでを彼は淡々と、壁に書かれた文字を読むように言った。
「婚約者に対しても誠実な人でした」
 そう言ったとき、僅かに彼の声が震えたのを私は聞き逃さなかった。
「あなたに対しても?」
「私に対して?」
 彼は奥行きの無い目で私を見た。
「おっしゃる意味がよくわかりませんが」
「何でもありません」
 私は職業柄必要な事項をメモすると、彼らの家をあとにした。立派な家だった。おそらく由緒正しい家柄なのだろう。そんな家で優秀な兄と比べられながら育った彼の気持ちは察するに余りあった。彼が努力しても手に入らないものを彼の兄は全て持っていた。周囲のまなざし、親の愛情、そして想いを寄せる人さえも。
 私の兄も優秀な刑事として将来を期待されていた。そのような兄を持つ弟の気持ちはよく分かる。しかし、私の兄はその能力を惜しげもなく人の為に使い、私にも深い愛情をかけてくれた。そして私は殉職した兄を狙った犯人を追うようにして私立探偵になった。警察には任せておけないと思った。
 彼の兄がどのような人物だったのかまでは分からない。しかし、高い能力が時として人を傷付けることも確かだ。ましてそれが血を分けた兄弟であるならばなおさらに。
 彼の兄の死の裏には、そのような兄弟の嫉妬や羨望を超えた深い感情があるように私には思われた。