「交尾」
「ねぇ、トンボの交尾って見たことある?」
「いや、ないな」
「私はあるわ。オスとメスが飛びながら交わっているのを。2匹の折れ曲がった身体がまるでハートみたいだった。」
「正確に言うとそれは交尾では無いんだ。タンデムと言って交尾が終わったあとオスがメスを取られないように…」
「つまりね」
彼女はいつものようにピシャリと僕のうんちくを遮って言った。
「私が言いたいのは、彼らは命を燃やすように交尾をしているって事なの。『ねぇ、ちょっとそこの静かな葉っぱの上で一休みしていかない?』みたいなことは言わずに、必死に羽を動かしたまま、僅かな時間も惜しむようにして子孫を残そうとしてるってことなの」
「でもそれは身体の仕組みの問題だし、実際には葉っぱの上ですることも…」
「あなたはそれぐらい私に向き合っている?」
彼女は僕の目を見て言った。
「私が求めているのは惰性の愛や情なんかじゃない。その瞬間ごとに真剣なものなの」
「これからは前戯も手を抜かないようにするし…」
「とにかく今後、1日に1度は真剣に私のことを考えてみてね」
まったく、こういうときの彼女に何を言っても無駄なのだ。とりあえず僕は真剣に彼女を愛していることの証として、夕食の買い出しに行くことにした。