「淡雪」
そっと触れた彼女の手のひらから伝わる温もりは弱々しく、4月に降る淡雪や満開を待たずに雨で散る桜の花びらの様だった。
「1つ、約束してくれる?」
彼女は病室のベッドから少し起き直ると言った。
「あぁ、絶対に守るよ」
僕は言った。
「どんな約束?」
「私が死んだら別の人と幸せになって」
僕は言葉に詰まった。答えの代わりに涙が止めどなく溢れて頬を伝い、握りしめた拳の上に落ちて大きな音を立てた。
「そんなに泣かないで。少し意地悪なお願いだったかしら」
彼女は優しく微笑んで言った。
窓の外では桜の木々が徐々に緑の葉をつけ始めていた。
「もうすぐ春ね」
「うん。良くなったら花見に行こう。初めて2人で桜を見に行ったあの公園に。近くのスーパーでお弁当買ってさ」
彼女は弱々しく微笑むと少し俯いた。僕は窓の外を見た。また込み上げてきた涙でぐしゃぐしゃになった顔を彼女に見られないために。空からちらほらと淡雪が降り出して、僕たちと春との間をまた少し遠ざけている様だった。