「ビリヤード」
「やっぱりさ、ボールが台の穴に落ちたら負けなんだろうね?」
僕は台を隈なく調べながら尋ねた。
「むろん、そうさ」
彼は厳かに言った。
「いかにボールを穴に落とさないようにするかがゲームの鍵と言うわけさ」
「なるほどね」
僕は感心して言った。
「しかし解せないな」
僕はなおも台の周りを調べながら言った。
「どうした?」
「なんだってこんなところに学校にあるようなチョークが置いてあるんだ?」
「それは君、目印だよ」
「目印?」
「お互いがボールを置くべき位置にキチンと印を付けるためのものさ」
「なるほど」
僕は心底彼に畏敬の念を抱きながら言った。
「君は本当に物知りなんだなぁ」
「大学を出ているからね」
「ふむ」
僕はひと通り台の辺りを調べ終わると提案した。
「ひとつ、ナインボールとやらをやってみないか?」
「構わないよ」
彼は台の横にあった長い棒を野球選手のようにスイングしたり、剣道の面打ちのような素振りをしながら言った。
「さて、どちらがナインボールになる?」
「ナインボールになる?」
僕は度肝を抜かれて言った。
「あぁ、鬼ごっこで言うところの鬼だね」
「ナインボールになった方は何をするの?」
僕は恐る恐る聞いてみた。
「部屋中に隠されたボールを全部見つけたら勝ちだよ」
「あのさ…」
僕はおずおずと尋ねた。
「君、本当にビリヤード詳しいんだよね?」
「当たり前じゃないか」
彼は呆れたように言った。
「ごめんごめん。でも、君の教えてくれるビリヤードのルールが、僕がテレビとかでたまに見かけるビリヤードとあまりにもかけ離れているからさ」
「あぁ、言ってなかったっけ?」
彼は言った。
「僕、帰国子女なんだよ」
「帰国子女?いや、だとしても…」
「エジプトのね」
「エジプトの?」
僕は予想外の言葉にまたも唖然としたまま言った。
「エジプトはビリヤードが盛んなの?」
「さてと」
彼は僕の言葉を遮って言った。
「僕が100数えるまでの間にボールを部屋中に隠すんだ。言っとくが、バリヤーは2回までだぜ」
僕は渋々部屋の隅やらグランドピアノの下にボールを隠しながら、彼が夏休みの間ハウスキーパーを任されているというこの屋敷の主人に、今度ビリヤードの正式なルールを聞いてみよう、そう考えていた。