「止まり木」
「渡り鳥ってね」
彼女は言った。
「ずっと長い距離を飛び続けるわけでしょ?北から南へっていう感じで。丸1日飛びっぱなしていうこともあるわけ。そんなとき、睡眠なんかはどうしてると思う?まさかずっと起きたままっていうわけにもいかないでしょう?」
「片目ずつ瞑るんじゃなかったかな?」
「そう」
彼女は教師が出来のいい生徒を見るような目で僕を見ながら言った。
「渡り鳥は片目ずつ瞑って眠ることによって脳を交互に休ませているの。じゃあ、羽を休ませるときにはどうしてると思う?」
「見当もつかない」
僕は言った。見当もつかない。
「流木や海面に浮かぶ木の枝なんかに止まって身体を休めるの」
「へぇ」
僕は感嘆して言った。
「あなたにとっての流木や木の枝って何かしら?」
「僕にとっての?」
「だってあなた、まるで渡り鳥みたいに毎日毎日一生懸命に羽ばたいて、ここではないどこかを目指しているような気がするんだもの」
「そうかな」
「じゃあここ最近、まともな休みの日なんてあった?」
僕は頭の中でここ最近のスケジュール帳をめくってみた。
「思い出せないな」
「でしょ?」
彼女は失敗した生徒を微笑ましく見守るように言った。
「大陸から大陸へと飛び回るのはとてもエネルギーの要ることなのよ。だからこそ止まり木が必要なの。あなたにとってもね。」
「たとえば君とか?」
彼女は微笑んだ。今度は教師と生徒よりは、いくぶん近しい存在として。
「そういうこと。今日の午後の予定は?」
「2、3件仕事の書類を片付けたら後は何もないよ。1時間あれば終わる」
「じゃあ、そこからは羽を休められるわけね?」
「文字通りね」
「じゃあそこからは一緒に過ごしましょう。私があなたの止まり木になってあげる。充分に休息を取るのよ。次の大陸に飛びたつためのね」