「使命」
むせ返るような果肉の匂いを覚えている。胎児の頃の記憶を持ったまま成長した子供がまれにいると聞くが、それに近いものかも知れない。物心ついたときから、自分が周りとは異質であるという感覚を持ち続けてきた。自分の中に漠然と芽生えた使命感がそれによるものであるのかは分からない。しかし、気がついたときには両親に向かってこう告げていた。
「オラ、鬼退治さ行くだ」
両親は歳いってからの子どもというだけでは説明がつかないほど老齢であったが、感謝の情に変わりはない。母は貧しい暮らしの中から、餞別といって得体の知れない団子を持たせてくれた。必ず生きて帰るという決意と共に家を出た。目指すは鬼の巣食う島だ。
途中真っ白な犬が擦り寄って来たかと思うとこう言った。
「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰に付けたきび団子、ひとつ私にくださいな」
“こう言った”と言ったが頭の中に直接念を送られているようなイメージだ。犬の口蓋は人間の言語を操れるようには発達していない。私の名前を知っていること、団子の正式名称を知っていることはこの際、度外視するものとして(非現実な日常においては非現実性こそが現実性を帯びるものだ)私は犬を家来とすることに決めた。猿とキジも同様に家来とした。
いざ鬼ヶ島の鬼を相手にして感じたのは、その拍子抜けする程の弱さだった。いや、鬼の名誉のために言い添えるなら鬼が弱いというのは正確ではない。私が遥かに鬼を凌駕して強過ぎるのだ。家来たちも奮闘してくれたが、彼らの力(特にキジの力)を借りる必要はほとんど無かったと言って良い。それが私の使命感から来る神通力なのか、それとも私に本来備わった力から来るものなのかは不明だが、とにかく我らが圧勝のうちにこの遠征は幕を閉じたと言って良い。めでたし、めでたし。
しかし、全ての喜劇が潜在的に悲劇を内包するように、鬼を完膚無きまでに(半ば必要以上に)懲らしめ、鬼の涙を尻目に財宝を奪い去って舟に乗り込んだ後、穏やかな水面に映った己の顔を見て絶句した。釣り上がった目、歪んだ笑み、全身に浴びた返り血、自分自身が鬼よりも鬼という存在の本質を体現していたのだ。ふと、額が疼いた。触ってみると戦闘による打撲で出来た瘤にしては尖り過ぎている。それは疑いの余地の無い、鬼の角だった。