夢 | shingo722のブログ

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 「夢」
 
 繰り返す鼓動が全身に血液を漲らせていた。僕は荒い息を吐きながら、来た道を振り返った。誰もいない。僕は一体何者から逃げ続けて来たのだろう。
「よく見る夢があるんだ」
 朝食の席で僕は妻に切り出した。
「夢?」
 妻は聞いた。
「夢ってどんな夢?」
「つまりね、僕はずっと何者かから逃げ続けている。暗い夜道を街灯を頼りに走り続ける。ずいぶん走ってからようやく後ろを振り返って誰もついて来ていないことを確かめる。でも、そこでふと思うんだ。自分は一体何から逃げ続けて来たんだろうって」
「それってあなたの人生経験から来るものじゃないかしら」
 妻は言った。
「人生経験?」
「つまりね、あなたは今までずっと必死に走り続けてきたの。まるで競争みたいに、急がなければきっと誰かに追いつかれてしまうって思いながら。でもそれって結局、自分自身が作り出した影のようなものなんじゃないかしら」
 僕は黙って話の続きを待った。
「あなたは知らずのうちに誰かに負けちゃいけない、誰かに追い抜かされてしまうって、自分を追い込んで必死に走り続けてきたのよ。でもふと立ち止まって見たとき、それはあなたの作り出した幻影だったことに気がつくの。自分が競うべき相手を見失ってしまうのよ」
「そうかも知れない」
 僕はスープをひと口飲んでから言った。
「いつも誰かに追いかけられているような、落ち着かない気持ちで過ごしてきた。スケジュール帳の空白が目立つと意味もなく焦った。こんなことしてちゃいけない。他の誰かに先を越されてしまうってね」
「焦り過ぎないで」
 彼女は言った。
「あなたはきっとゆっくり大きくなる木のようなタイプだと思うわ。慌てて成長しようとすると枯れてしまう。もっと気持ちを落ち着けてみて」
 僕は長年意味もなく自分を苦しめてきた焦燥感とようやく向き合っていた。
「焦らないで。大きく育とうと思うなら、自分を追い込み過ぎないで。ゆっくりと、地中から養分を吸い上げるように、時には流れに身を任せて、周りのあらゆるものから吸収するのよ、色んなことを。そうすればきっと、あなたはとても大きな木になって、周りを惹きつけるような存在になる。きっと。」
 妻の言葉はまるで雨水のように、僕の身体の奥の方へと染み込んでいった。