イヤリング | shingo722のブログ

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 「イヤリング」
 
 僕は腕時計をチラリと見た。午後11時30分、そろそろ引き上げる頃合いだった。
「ご迷惑だったかしら?」
 彼女は全然悪びれた様子も無く言った。むしろ、私を困らせることに喜びを感じているような、そういった悪戯っぽい微笑みを顔に浮かべていた。
「全然」
 私は言った。
「楽しいお話が聞けて良かったです」
 それは本心だった。彼女は話が上手かったし、相手を退屈させない術を心得ている様だった。
「最後に一つだけ聞いてもよろしいですか?」
 私は席を立ちながら言った。
「ええ、どうぞ」
 彼女は言った。
「でもそのセリフって、まるで古い刑事ドラマに出てきそうじゃない?」
 私は笑った。
「大した質問じゃないんです。あなたは結婚してらっしゃるようだけれど、旦那さんは何をしてらっしゃるんですか?」
 彼女は一瞬目を伏せた。私は何かまずい事を聞いたのではないかと思った。
「どうして私が結婚していると?」
「あなたの指輪を見て言ってるんです」
 私は彼女の薬指を指して言った。
「ええまぁ、そうね」
 彼女は曖昧に頷いて言った。
「確かに私は結婚しているわ。でも、別にそれは大した事ではないでしょう。それは何というか…」
 彼女は何かを言いかけてやめた。
「あなたとは関係のない事でしょう?」
 彼女は何とか笑おうとしたが駄目だった。
 深い沈黙が場に降りた。私は帰り際を逃してぼんやりとその場に立ち尽くしていた。彼女のイヤリングがキラリと光った。そしてふと、彼女の首筋にアザの様なものがある事に気が付いた。彼女は私の視線に気が付いたのか、反射的に首に手をやった。どう考えてもこれ以上長居すべきでは無かった。
「それでは」
 私は短くそう言って店を出た。帰りのタクシーの中で私は、彼女の首筋のアザとイヤリングの煌めきを思い返していた。あれは彼女の旦那が贈ったものだろうか?それとも、他の誰かが?そんなアテのない妄想をに身を委ねながら、私はぼんやりと車窓から夜の景色を眺めていた。