「失踪」
何もかもが異様なくらいに、しんと静まり返っていた。いくらなんでも妙だと思った。その部屋はそれほど人や車の行き来は多くないにしても大きな通りに面していたし、少しぐらい車の走行音や人の話し声が聞こえて来たっておかしくないはずだ。14時きっかりに女が部屋に入ってきた。
「ではお話をうかがいましょう。」
私は簡潔に言った。職業柄、こういった手順には慣れている。
「実は主人のことですの。」
女は30歳より上には見えなかったが、少しやつれが見え始めていた。いつも上品な服を着て、丁重な扱いを受けることに慣れている様子だった。
「行方が知れなくなったわけですね」
女は私の方を見た。
「どこかでそのお話を?」
驚きと警戒感が半々といったところだった。
「いえ、職業的勘です」
女はまだ少し不審そうな目で私を見ていたが、やがて諦めて話出した。
「実は昨日から行方が見えませんの」
「なるほど」
私はメモを取り出し、今朝削ったばかりの鉛筆で書き込みを入れていった。旦那の特徴、趣味、日課、好きな食べ物に至るまで細々としたこと全てだ。
「まだお聞きになりたいことがあるかしら?」
女は少しうんざりした様子で言った。
「いいえ、あとは事務所に戻って色々な情報を整理します」
女は少なからずほっとした様だった。
私は事務所に向かって歩きながら、女の様子を思い返してみた。まだ充分に若く美しくはあるのだが、どこか擦れたような印象を相手に与えていた。それが旦那に対する苛立ちなのか、自分の境遇に対するものなのかは分からなかったが、彼女はあまり熱心に旦那を探して欲しそうには見えなかった。世間に対する(あるいは家の者に対する)体裁を取り繕うために僕の様な大して名の知れていない探偵を雇ったような感じだった。万が一、腕の良い探偵が旦那を見つけてしまっては困るというように。僕は事務所の机の前で椅子に深く腰掛けながら、実際に会ったことのない彼女の旦那に、僅かばかりの共感に似た哀れみを感じていた。