「身の上話」
思い出したように彼女はコーヒーカップを持ちあげ、中身を一口飲んだ。
「ごめんなさい、こんな話退屈じゃなかったかしら?」
彼女は尋ねた。
「私の身の上話ばかり」
「なかなか面白いです」
僕は言った。
「そろそろ行くわ。待ち合わせがあるの」
「ちょっと待って」
僕は慌てて引き留めた。
「もし良かったら、今度はあなた自身のことを教えてくれませんか?あなたの家族の話ばかりではなくて」
「私自身の話?」
彼女はゆっくりと言った。
「ええ。僕が興味があるのはあなた自身のことなんです」
「ふうん、私に興味を持ってるわけね?」
彼女はどことなく悪戯っぽく言った。僕は少し赤くなった。
「構わないわ、でも少し時間をちょうだい」
彼女は言った。
「まだ上手く距離感が掴めていないの」
「僕との間のってこと?」
「いいえ、私と私自身の間ってこと」
彼女は言った。
「物事を客観的に見るにはある程度の距離というものが必要でしょう?そうするためには、あまりに私は私でありすぎるのよ」
「まだ自分を客観視出来ないってこと?」
「時間をちょうだい」
彼女は言った。
「私が私自身を把握するため。そしてあなた自身のこともね」
そう言って彼女は喫茶店をあとにした。そして僕は彼女がしてくれた、様々な家族の話を思い返してみた。どうやら一風変わった家系のようだった。彼女は少しは僕に心を許してくれたのだろうか?僕は彼女の言葉ひとつひとつを思い返しながら、その中に隠された彼女と僕の間の距離感を探るヒントを探し求めていた。