取り返しのつかないことについて | shingo722のブログ

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 「取り返しのつかないことについて」
 
 世の中には取り返しのつく種類の出来事とそうでない種類の出来事がある。もちろん。
「あなたは自分の人生において、取り返しのつかないことをしたなって思ったことはある?」
 彼女は僕を上目遣いに見ながら言った。僕はしばらく考えてから「ないよ」と言った。
「本当に1回も?」
「あるいはうまく思い出せないだけかも知れない。でも差し当たって思い出せる範囲で、取り返しがつかないことをしたってことはないと思う」
「ふうん」
 と彼女は言った。
「私はね、取り返しがつかないことをしたな、と思ったことが1回だけあるわ」
 そう言って彼女はしばらく、過去を思い返すように遠い目をした。
「聞きたい?私の人生で、取り返しのつかないことをしてしまったときの話」
「ぜひ聞かせてもらいたいね」
「それはね、まだ私が小学生だった頃の話」
「小学生?」
「ええ。まだ私が無邪気だった頃。無邪気だったからこそ不必要なジレンマまで抱え込んでしまっていた頃」
 僕は頷いた。
「とあることがあって私は友達の女の子を死なせてしまったの」
「死なせてしまった?」
「ええ」
 彼女は短く言って窓の外を見た。
「一体どんな風に?」
「ごめんなさい、もう行かなくてはならないの。続きはまた今度ね」
 彼女は席を立った。
「この話の続きはいつになったら聞くことが出来るのかな?」
「またいつか、どこかで」
 そう言って彼女はどちらかと言うと中立的な微笑みを浮かべた。
「あなたが望むなら」
 彼女が喫茶店を出てしまってからも、僕はしばらく椅子に深く身体を埋めたまま彼女の言葉の意味について想いを巡らせていた。友達を死なせてしまった?彼女はそれについて今でも悔やんでいるのだろうか?悔やんでいるのなら一体なぜ彼女は最後にあんなに中立的な微笑みを浮かべていられたのだろう?ひょっとして彼女は故意に友達を死なせてしまったのか?考えれば考えるほど思考は堂々巡りを続けていった。窓の外からは夕日が差し込んで来ていた。しかし僕は今だに椅子から立ち上がる気になれないでいた。テーブルの上の灰皿には彼女が残していった煙草の吸い殻とそこについた口紅が、妙な存在感を放っていた。